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夢の世界
さらさらと、心地よい音がする。
瞼の向こうに、温かく柔らかな光を感じる。息を吸うたびに流れ込む、若草の香りが心地いい。いつまでもこうして、寝転がっていたくなるほどに――
「大丈夫?」
知らない声で話しかけられ、アスカは瞬時にまどろみの中から目覚めた。視界に見知らぬ顔が飛び込んできてさらに驚き、弾かれたように飛び起きる。
「あ……ごめん。驚かせるつもりはなかったんだ」
「立てる?」と少年は困ったように微笑んだ。差し出された手を取ろうとはせず、アスカはきょろきょろと辺りを見回す。
透明感を感じさせる澄み切った青空、細く柔らかな草に覆われた大地。草の隙間からは透明な鉱石が所々で顔を覗かせ、太陽の輝きを鋭く反射している。
「え、えっと……」
アスカは困惑した。自分は確かに部屋にいて、眠りに落ちたのではなかったか。どうして、いつの間にこんな所へ来てしまったのか。
「ここ、どこ?」
アスカが尋ねると、少年は眉尻を下げて微笑んだ。
「そうだな……夢の世界、って言えば分かりやすいかな? 眠っている時に魂が体を離れて、ここへ流れ着く人も珍しくないんだ。つまり今の君は魂だけの存在で、目覚めれば再び体の中へと戻される」
「えっと……」
現実離れした内容ばかりを聞かされ、アスカはますます困惑する。小学生の頃にどこかで目にした、幽体離脱という言葉が頭に浮かぶ。
「僕はシオン。君を迎えに来たんだ。街まで案内するよ」
「街?」
「現実の人たちが見聞きしたものや、欲したものを集めて作られた場所だよ。人はあまり住んでないけど、ここにいるよりは快適だし、何より楽しめると思う」
シオンが改めて手を差し伸べてくる。アスカはその手を取って立ち上がりながら、シオンの顔をまじまじと見つめた。
シオンはアスカより少し背が高く、年はあまり変わらないように見えた。大きくて澄んだ瞳はよく見ると濃い青色をしており、耳に掛かるくらいの銀髪がそよ風に吹かれて微かに揺れる。肌はアスカが羨ましく感じるほど滑らかで、近づくと微かに花のような甘い香りがした。身につけている服は、透明感のある布を幾重にも重ねたような不思議な構造をしている。
「どうかした?」
シオンが小首を傾げてアスカを見る。はらりと流れた髪が、細く伸ばした銀のように煌めいた。
「ううん、何でもない」
見惚れていた、などとは口が裂けても言えない。アスカは首を左右に振り、両頬を軽く何度も叩く。夢の世界だからなのか、あまり痛みは感じなかった。
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