決別の刃

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 「シオン!」   声を張り上げたアスカを抱え、シオンは扉の陰に身を隠した。 「掠っただけだ。大した傷じゃない」  髪を払い、シオンは扉の陰から魔女を睨む。こちらを見失ったのか、頭や腕を小刻みに震わせながら周囲を見回していた。  「できればクレイたちと合流してから戦いたかったんだけど……そうはいかないか」  「ど、どうするの……?」  「弱点を見つけて、そこを突くしかないだろうね。……あれが君の母親だというのなら、あの姿や習性に何かしらの理由があるはず。そこから手掛かりを見つけられれば……」  ぶつぶつと呟くシオンに、確かにそうかもしれないとアスカは考える。母の好きなものや嫌いなものが分かれば、それを手掛かりに何かが掴めるかもしれないと。  だが……。  「私、母さんのこと何も知らない……」  今にも泣き出しそうな声で言いながら、アスカは力なく首を振る。  幼い頃から母が苦手で、極力関わらないように生きてきた。どうしても話さなければいけないときも、どうにかして話さずに済まないかと直前まで考えを巡らせていた。  だから、母の好きなものも、嫌いなものも分からない。どんな場所で生まれて、どんな子ども時代を過ごしていたのかも、全く知らない。  知らないのは、今まで逃げてきたから。自分が弱かったから。  自分を責める言葉が、次々と頭に浮かんでくる。結局は母に屈する他ないのかと、絶望的な気持ちになる。  ごう、と熱い空気がうねりだす。  シオンはアスカを突き飛ばし、壁際へと身を隠す。巨大な火球が扉を溶かし、真っ赤な液体が床を染め上げた。  「……時間を稼ぐ。クレイたちが来てくれれば、勝機はあるかもしれない」  シオンはアスカを見下ろし、大剣を握り直す。床で黒い煙を上げる、少し前まで扉だった黒い塊の上へ一歩を踏み出す。  「駄目だよ! 勝てるわけないじゃない!!」  貴斗に妨害されたときもあったが、魔女相手に傷をつけられたことは一度もない。勝ち目が薄いことなど、アスカにも分かる。  「それでも、逃げるわけにはいかない。これが、僕たちにできる全てだから」  シオンは微笑み、首元から細い鎖を引き出す。アスカが夢の世界で選んだペンダントの、青い宝石が僅かな光を反射して煌めく。  「……君と出会うまで、僕たちには心がなかった。自分が何者で、何のために生まれてきたのか全く知らなかったし、知ろうとも思わなかった。ただ王の命令をこなすだけの、文字通りの人形だったんだ」  ぽつぽつと、まるで独り言のようにシオンは語り始める。  「だけど、初めて君の顔を見た瞬間、まるで眠りから覚めるように自分というものが明確になった。シオンという名前も、自分が騎士であることも、あのとき初めて自覚したんだ。……僕だけじゃない。クレイとミルも、君と会った瞬間に自我に目覚めたんだ」  アスカは二人と初めて出会ったときのことを思い出す。  最初、二人はフードで顔を隠し、自分の意思で動こうともしなかった。だがアスカが話しかけた瞬間、まるで別人のように笑ったり、自ら進んで行動するようになった。  「空っぽだった僕たちに、君の心が影響を及ぼしたんだと思う。なら僕たちは、君の心として最後まで共にありたい。その結果この身が消えることになっても……僕は絶対に後悔しないよ」  シオンは身を屈め、アスカの手を優しく取った。暖かな手に包まれて、アスカの目に涙が溢れる。  大剣を手に、シオンが壁の向こうへと身を翻した。魔女がガタガタと激しく音を鳴らし、空気が再び高熱を纏い始める。  シオンの叫ぶ声。魔女の体が軋む音。目が痛くなるほどの光。金属を叩く甲高い音。ありとあらゆる音と光が入り乱れ、アスカの心を削り取る。  アスカは扉を背に座り込み、縋るようにペンダントを握りしめた。  側にいた彼らが、ずっと眩しかった。  クレイのような、誰とでも打ち解けられる明るさが。  ミルのような、落ち着いた振る舞いが。  シオンのような、何事にも屈しない強さが。  自分もそうありたいと思いつつも、無理だろうと諦めていた。  だが、今のシオンがアスカの心から生まれたものだとすれば……。  (……できるの? 私に)  ペンダントを強く握り、アスカは壁の裏から様子を伺う。暴れ狂っているかのように炎を吐く魔女と、シオンが激しく戦っている。  母のことなんて、直接触れてみなければ分からない。  ーーならば今、この手で触れてみるしかない。
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