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頭が鋭く痛み、アスカは目を開けた。目の中に涙が滲み、視界が微かにぼやける。
母も、自分と同じだった。好きな服を着られず、自分を押し殺してきた。そうしなければ、生きていけなかったからだ。
もしもシオンたちと出会わなかったら、とアスカは考える。母と同じように、自分の好きなものを心から葬り去ってしまっていたかもしれない。自由に振る舞う子どもに嫉妬し、きつく当たる存在になっていた可能性もあったかもしれない。
だが……。
「そんなの、絶対におかしいよ」
目の前に置いた石へ言い聞かせるように、アスカは呟く。
自分が苦労したからといって、子を抑圧していいわけがない。子どもの人生を、親が支配していいはずがない。
「私の人生は、母さんの不幸を埋めるためのものじゃないから。こんなことしても、誰も幸せにならないから。……だからもう、終わりにしようよ」
息を吸い、アスカは石の上で手を掲げる。手の中に生まれた赤い短剣を、強くしっかりと握りしめる。
目を固く閉じ、アスカは短剣の切っ先を石に突き立てる。白い筋が蜘蛛の巣状に広がり、ガラスが割れるような音が辺りに響く。
石が砕け、辺りに散った。頬に降りかかった破片を、アスカは静かに手で払う。
アスカは短剣を引き抜き、石だったものに背を向けて歩き出す。背後に金属の塊が落ち、鈍く大きな音が魔女の体内に反響した。
振り返ることなく、アスカは前へと進んでいく。頭上からの淡い光に照らされて、手にした短剣がきらりと光った。
「ア゛、ァ……」
魔女の右手が外れ、落下する。開かれたままの手が、アスカに向けて真っ逆さまに落ちていく。
アスカは走り、魔女の手から逃れた。背後で土煙が昇り、轟音が周囲を揺らす。
魔女の仮面が、地面に落ちて粉々に砕け散る。
露になった魔女の顔には、黒い油のようなものが滲んでいた。
「……さよなら」
振り返ることなく、アスカは母に別れを告げる。ふらつく体をシオンに支えられ、重い足を一歩ずつ前へと進めていく。
そうして、扉があった場所の前へたどり着いた瞬間。
ガタン、と何かが崩れる音がして、アスカたちは足を止めた。
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