目覚める翼

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目覚める翼

 振り返ったアスカたちの目に、魔女の残骸から何かが這い出るのが見えた。  重い鋼の板を跳ね除けて、貴斗らしきものが姿を現す。  ――目の前にいるのが貴斗だと、アスカは信じたくなかった。体だけでなく、顔の大半が機械に変化していたのだから。  「マだダ……! 俺ハ、アスカと……!!」  声に混じるノイズがひどく、はっきりと聞き取れない。白い球体のような左目を忙しなく回転させ、人の姿を残した右目は血走っている。  既に正気でないことは、誰の目にも明らかだった。  「アスカ! 離れろっ!!」  喉が張り裂けんばかりの声で、シオンが叫ぶ。  「魔女に取りこまれてたんだ! このままじゃ――」  その瞬間、先の尖ったパイプのような触手が、束になってアスカへ襲い掛かった。  逃げる間もなく、アスカは首や腰を絡め取られる。そのまま強い力で、貴斗のほうへと引っ張られる。  「離して!!」  アスカは死にもの狂いで抵抗するが、貴斗は恐ろしい力でアスカを手繰り寄せていく。  足が床をこすり、じりじりと距離が縮んでいく。シオンが大剣を手にこちらへ向かっているが、とても間に合わない――  諦めかけた瞬間、鈍い衝撃がアスカを揺すった。引く力が急激に弱まり、アスカは後ろを振り返る。貴斗の顔が苦痛に歪み、透き通った緑と白の輝きが触手に突き刺さっている。  「……させねぇよ」  槍の柄に手を添え、クレイは穂先を強く下に振る。触手が真っ二つに断ち切られ、槍に絡んだ繊維を軽やかに回して振り払う。  クレイの槍と、ミルが放った刃に貫かれ、触手は繊維状にばらけて霧散した。  「アスカ、今です!!」  暴れ狂う貴斗の体を、水晶のようなもので拘束しながらミルが叫ぶ。無事と再会を喜びたいところだが、そんな余裕はないとアスカは悟る。  「遠慮はいらねぇ! お前の想い、全部残らずぶつけてやれ!」  クレイの声に背中を押され、アスカは願いを込めて剣を掲げる。シオンと目が合い、力強く頷いてみせる。  剣の先が、鋭く輝きだす。  刀身が赤い光を纏い、アスカの腕を伝って全身を包み込んだ。  前髪の一部が、透き通った赤色に変わる。薄い布状に広がった光が幾重にも重なり、アスカの体を包み込む。  やがて光が消えたとき、アスカは新たな装束に身を包んでいた。  淡いピンクを中心に、薄手の布をいくつも重ねたその服は、宝石で編み上げたかのような透明感のある美しさを湛えていた。空気を孕んだ白いスカートが、風圧を受けてふわりと揺れる。  それは幼い頃にアスカが憧れ、夢の世界で再会を果たした服によく似ていた。  「……行くよ」  双剣を構え、アスカは強く地面を蹴った。貴斗の咆哮が空気を押し出し、猛烈な衝撃波となって襲いかかる。  それでも、アスカは止まらない。  自分を、両親を縛り続けてきた呪いを、今ここで断ち切る。  その一心で、アスカは走る。  双剣を翼のように大きく広げ、跳躍する。貴斗の体を飛び越えて、交差させた腕を大きく払う。  外したのではない。初めからこれが狙いだったのだ。  ぷつりと、何かが切れる音がする。同じ音がいくつも重なり、繊維状の何かがぱらぱらと落ちる。  アスカが斬ったのは、貴斗の背中から無数に伸びる鉄の糸だった。長い間貴斗を苦しめてきた、呪いの糸を断ち切ったのだ。  貴斗の体を覆っていた、鉄の装甲が剥がれ落ちる。糸の落ちた箇所から赤い光が溢れ、貴斗を覆っていく。光に包まれた場所から、少しずつ人の姿に戻っていく。
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