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貴斗の体がぐらりと傾き、後ろに倒れる。
魔女の残骸の上で仰向けになり、貴斗は虚ろな目で天井を見上げた。
「俺は……どうすればよかったんだ」
アスカが剣から手を離すと、二振りの短剣は光の粒子となって消えていった。
「……私が好きなもの、一つでもいいから認めて欲しかった。家族三人で他愛のない話をして、笑い合っていたかった」
アスカは貴斗に手のひらを差し出す。白い光の粒子が掌中に集い、一つの塊を形作っていく。
光の中から、金属の鈍い輝きが姿を現した。少しずつ引いていく光から生まれ出たものに、貴斗は大きく目を見開く。
「おもちゃが好きなら、そう言ってよ。言ってくれれば、私は喜んで受け入れた。だって、私もおもちゃは好きだもん」
声を震わせ、アスカは言う。ぎこちないながらも笑みを浮かべようとしたが、頬が引きつって思うように動かない。
「きっと私たち、話し合えば笑い合えたんだよ。世界を変えなくても、嫌な人たちを消さなくても、私たちだけは信じ合うことができたんじゃないかな」
「たとえそうだとしても、もう遅い」
アスカは頷く。貴斗の言うとおりだ。家族が分かり合うには、もう何もかもが遅すぎる。今更理解し合えたところで、失われた過去はもう取り戻せないのだ。
「俺には解らない。もう俺には、何も……」
うわ言のように呟く貴斗の指先が、不意に乾いた音を鳴らした。
目を向け、アスカは息を詰まらせる。
貴斗の指先が、砂のように崩れ始めていた。 指から手首へ、手首から腕へ。死した生物が土へ還るように、鋼の体が解けていく。腕の崩壊に比例して、脚も膝から下が既になくなっていた。
肘から先を失った腕を、貴斗はアスカに向けて差し出した。
アスカは手を取らずに首を振る。固く閉じた瞼から溢れ出す涙が、大粒の雫となって鋼の腕へ落ちて弾けた。
涙に濡れた箇所が、急速に崩壊を進めていく。四肢が一瞬で失われ、あっという間に胴体が塵と化していく。
貴斗は眠るように目を閉じた。その顔も風にさらわれた砂のように、瞬く間に消えてなくなった。
「……さよなら」
もう何も残っていない、父のいた地面を撫でながらアスカは短い言葉を絞り出す。
できることなら、分かり合いたかった。普通の親子のように、仲良くしたかった。いつかは分かり合えると、心のどこかでは信じていたのだから。
アスカは膝をつき、残されたおもちゃを両手で包み込む。飛行機の翼に、大粒の涙が落ちた。
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