9人が本棚に入れています
本棚に追加
砂塵を孕んだ空気が、震えだす。
雑音の混じった鐘の音が、うるさいほど執拗に鳴り響く。壊れた天井から覗く空が、赤黒い色を帯びて渦巻き始める。
「……もう、時間がない」
槍を収め、クレイは呟く。
薄れていく甘い匂いと、体が内側から揺さぶられるような感覚、そして空を見上げる仲間たちの姿を見て、アスカは悟る。
世界の終わりが、近づいている。お別れの時が、来てしまったのだと。
「短い間でしたが、あなたと過ごせて本当に楽しかった。……ありがとう、アスカ」
寂しげな微笑みを浮かべ、ミルが言う。
穏やかな表情のシオンが、アスカの前に進み出る。口を開きかけた彼を遮るように、アスカは首を横に振った。
「違う」
仲間たちを真っ直ぐに見つめ、ゆっくりと口を開く。
「私、待ってる。いつかみんなが来てくれる時まで、ずっとずっと待ってる」
戸惑う仲間たちへ向けて、アスカはさらに言葉を紡ぐ。
「無茶だって分かってる。でも私、信じていたいの。奇跡は起きるって、ほんの少しでもいいから信じたい。みんなが私の心から離れて、一人の人間として会いに来てくれるって……そう信じて、待っていたいの」
両親の束縛から逃れるなんて、絶対に無理だと思っていた。シオンたちと出会わなければ、今も抑圧された日々を過ごしていたはずだ。
だが、もうアスカを遮るものは何もない。シオンたちと出会い、共に過ごし、両親と真正面からぶつかって、向き合えた。自身と両親を縛っていた呪いを、断ち切ることができた。
貴斗が夢の世界に流れ着かなければ、決して起こることがなかった奇跡だとアスカは思う。
だから、信じていたいと思った。自分が掴み取った道の先に、奇跡があると信じたいと思った。
その思いが伝わったのか、シオンの表情がふっと緩んだ。
「僕も同じだ。使命とかは関係なく、君と一緒に暮らしたい」
シオンの言葉を受けたミルも、少し恥ずかしそうにしながら微笑んだ。
「私もです。その、あなたを見ていたら、色んなことに挑戦してみたくなってしまいましたし」
「色んなこと?」
「俺たちも最近知ったんだけどさ、こいつ、意外と他人に影響されやすいみたいなんだ。図書館で料理やダンスの本を読み出したりさ」
「ちょ、黙っている約束だったでしょう!?」
「別に黙ってる必要はないだろ? 好きなら堂々と好きって言ってりゃいいんだよ」
「もう、この人は最後まで……っ!」
普段と変わらないクレイとミルの会話に、アスカの表情も自然と綻ぶ。いつの間にか日常の一部になっていたこのやり取りも、これで最後だ。
「じゃあ……いつかまたどこかで会えたら、また友達になってくれる?」
「もちろん」
三人が同時に答え、笑顔を向ける。夜明けの太陽のように眩しい表情に、アスカは目を細めて微笑んだ。
空気が、激しく振動する。地響きのような音が、足元から伝わってくる。
「……それじゃ、またね。アスカ」
三人が、アスカに背を向ける。一歩、また一歩と奥へ進み、アスカから離れていく。白い光の中に、消えていく。
「私、待ってるから! みんなが忘れても、ずっとずっと待ってるから!!」
アスカの叫びが、白く塗りつぶされた空間にこだまする。その声を聞いて、三人が同時に振り返る。
三人の微笑む顔が、白い光に塗りつぶされて消えていった。
最初のコメントを投稿しよう!