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街の入り口は、物語に出てくる城のような外観をしていた。
シオンに連れられ門を抜けると、今度は一転して現代的な景色が飛び込んでくる。白やベージュを基調とした石造りの街だが、大きなガラス戸や電灯などがあるため現代的な雰囲気がある。
社会の教科書に載っていた、外国の街によく似ていると思いながら、アスカは街の景色に忙しなく目移りしていた。
「……あ」
ガラスの奥に見えたものに、アスカは思わず足を止める。
白とピンクに彩られ、フリルをふんだんにあしらった服。真っ白なスカートは下の方が少しだけ透けていて、開いたばかりの花のような瑞々しささえ感じさせる。
どこを見ても、アスカの記憶に残る服と寸分も違わない。思わぬ再会に、アスカはただ困惑する。
「どうして、こんなところに……」
「あの場所に現れたということは、君が欲しているものってことだよ」
前を歩いていたはずのシオンに並び立たれ、アスカはびくりと肩を震わせた。
「着なくていいの?」
「え?」
唐突な提案に戸惑うアスカを見つめながら、シオンは柔らかな笑みを浮かべた。
「お金はいらないよ。現実世界に合わせてお店っぽい見た目になってるだけだからね。好きに使っていいし、外に持ち出しても構わない」
「で、でも……」
アスカは俯き口ごもった。あの服を着てみたい、という気持ちがふつふつと湧き上がるのを感じる。だがアスカは心に蓋を被せるように、力なく首を横に振ってしまった。
「似合わない、と思う。あんなの着たことないし」
「着たことがないなら、着てみないと分からないんじゃない?」
「でも……!」
母さんがそう言ってたから、という言葉をアスカはぐっと呑み込んだ。中学生にもなって母親の言いなりだと知ったら、シオンはどう思うだろうと考える。
それに、今ここに母はいない。いないのだから気にする必要もないのに、どうしてもあと一歩が踏み出せない。
答えの出ない自問自答を繰り返していると、不意に鐘の音が聞こえてきた。
「……目が覚めるみたいだね」
名残惜しそうに呟いて、シオンはアスカに背を向けた。
「もし、またここに来たいと願ってくれるなら、この場所を強く思い描いて眠って欲しい。その時は、あの服を着てくれると嬉しいな」
アスカの視界が、みるみるうちに白い霧に覆われていく。咄嗟に伸ばそうとした腕に、力が入らない。
「次に会うときは、君の名前を教えて欲しいな――」
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