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駿は時折、店の残り物を使って朝食や夕飯向けの料理を作ってくれる。
彼の店は少しずつ評判になり、今では地元に愛される人気店としてそれなりに有名になっていた。先月には地元のテレビでも少しだけだが紹介され、幅広い年齢層から支持を集めているようだ。
高校生になって少し経った頃から、アスカは駿のもとでアルバイトをしている。
店が軌道に乗った分、駿だけで店を回すのは大変なはず。そう思って手伝いを申し出たのだが、最初は「一人で大丈夫だ」と断られてしまった。ところがその数日後、駿は無理がたたって風邪を引いてしまい、見かねた駿の両親がアルバイトを募集してはどうかと提案したのだ。
初めは自分以外の人間を仕事に加えることに難色を示していた駿だったが、アスカの説得もあって、「顔なじみであるアスカなら」と雇ってくれることになった。
そうして働くようになってから、もうすぐ一年が経とうとしている。最近では掃除や皿洗いだけではなく、暇を見つけて簡単な調理も教えてくれるようになった。
「アスカちゃんは吞み込みが早いから、近いうちに俺より上手くなっちゃうかもな」などと言われたこともあるが、そんな時は当分来そうにないとアスカは思っている。
たまごサンドとBLTサンドという、いつもより贅沢な朝食を終え、アスカは手早く身支度を済ませに取り掛かる。制服に着替え、洗面所で髪をとかし、通学用のバッグを持って火元や戸締りを確認する。時計を見れば、ちょうどいつも家を出る時間だ。
「よし」
アスカはバッグを肩にかけ、玄関で靴を履く。
通学用と、お出かけ用の靴を合わせて三足ほど。数年前はここに大人用の靴がいくつかあったのだが、かなり前に残らず処分してしまった。
両親を思い出させるような物は、できる限り捨ててしまいたい。彼らが特に愛着を持っていた品だけは残してあげてもいいが、それ以外はこの家も含めて、いつか残らず手放したいとアスカは思っている。
自分を育ててくれた両親に、感謝をしていないわけではない。二人がそれぞれ苦しんできたことに、全く同情していないわけでもない。
それでも、許せないことはある。両親の歪んだ想いに、アスカは長い間苦しめられてきたのだから。
過去に辛い経験をしたからといって、子を同じ目に遭わせていい理由には決してならない。
「行ってきます」
誰もいない家に向かって言いながら、アスカは玄関の扉を開ける。
鞄の中の、ペンダントを潜ませたポケットにそっと手を触れながら。
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