夢の世界

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 声が途切れたのと、景色が切り替わったのは同時だった。  自分が部屋にいるとすぐには理解できず、アスカはしばし天井を見つめていた。  ――目、覚めちゃったんだ。  アスカは深い溜息をつき、体を右へと傾ける。つい先ほどまで見ていた景色も、こことは違う空気の匂いも、まるで現実だったかのようにはっきりと思い出せる。  「もうちょっと、あそこにいたかったな……」  どうせ目覚めてしまうなら、あの服を着てみるべきだった。  後悔とともに、アスカは深い溜息を漏らす。布団を頭まで被り目を閉じた直後、不意にドアを強く叩く音がした。  「希香」  父の声だと気付き、アスカは慌てて身を起こす。ベッドから出て立ち上がるとすぐに、父はアスカの許可を得ることなくドアを開けた。  「ご飯だぞ。降りて来なさい」  大きく開かれたドアの向こうに立つ父からは、娘の部屋へ入ることへの遠慮が微塵も感じられない。それどころか出入口の真ん中に立ったまま、アスカが出てくるのを待ち構えている。あんな夢を見た直後だからか、父の姿がいつも以上に息苦しくて仕方ない。  「分かった」  そっけない返事に、父は黙ったまま眉をひそめる。親に対してその口調はなんだ、とでも言いたいことは嫌でも分かった。かつて、そう言われたことがあったからだ。  「……寝てたのか」  振り返った父に、アスカは頷く。睨むような険しい眼差しに耐え切れず、下を向いて階段を下りる。無言でキッチンへと向かい、母とともに食事を並べていった。  父は一足先に座ったまま、無表情でスマホを眺めていた。昔、手伝って欲しいと頼んだ際、「仕事で疲れてるから」と露骨に嫌な顔をされたことを思い出す。  アスカは一番重い大皿をテーブルの中央に置いた。大皿には豚肉入りの野菜炒めが盛られている。白米と味噌汁、厚揚げを煮たものがそれぞれの席に置かれ、アスカは息を詰めながら椅子に座った。  「……いただきます」  手を合わせて小声で呟き、アスカたちはそれぞれの箸を手に取り食事を始める。料理の味自体は悪くないのだが、いつも意味もなく張り詰めた空気のせいで味わう余裕はない。  両親の会話はいつも同じだ。アスカの知らない人が有名な大学に行ったとか、別の人が市役所に勤めているとか。  そうして最後は、アスカも同じような道に進む前提の話になっていく。アスカの意思が入る余地のない、刺々しい議論が交わされていくのだ。  「ごちそうさま」  加熱する空気に耐えきれなくなって、アスカは立ち上がる。飾り気のない茶碗には、まだ半分以上のご飯が残っている。  「なんだ、ほとんど食べてないじゃないか」  父の声を聞かないように意識を遠ざけ、リビングを出る。自分が弱いせいでゴミになる食材たちのことを考えると、申し訳なさで胸がいっぱいになった。
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