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食器を流しに放り込んだアスカは逃げるように部屋へ戻ると、綺麗に畳んであったパジャマを掴んで浴室に飛び込む。
風呂を済ませ、水が飲みたいのを我慢して部屋に戻る。夕飯をろくに食べなかったことを両親に叱られてまで、水分を摂りたいとも思えなかった。
口の中に溜めた唾を飲み込んで、ベッドの中へと潜り込む。布団を頭まで被り息を吐き出すと、じわりと涙が溢れてくる。
「……どうすればいいのかな」
自分で選んだ服を着たい。他人と比較されたくない。そう思うのはわがままだろうかとアスカは考える。
尊敬する人物や憧れの職業が一つでもあれば、両親に反論も出来たかもしれない。だが、アスカはそういったものがまだ一つも見つけられずにいる。両親なりに将来を心配しているのではと考えると、何かと反発する自分のほうが悪者のように感じてしまう。
「私、駄目だな」
アスカは溢れた涙を布団で拭った。湯上がりの温もりが布団の中に満ちてきたせいか、少しずつ意識がぼやけてくる。
――もしまた来てくれるなら、この場所を強く思い描いて眠って欲しい。
ぼんやりとしてきた意識の中に、シオンと名乗った少年の言葉が甦った。
所詮は夢だ。望んだものがもう一度みられることなどあるわけがない。そう思いつつも、アスカは夕飯前にみた夢を静かに思い出す。
不思議と心の落ち着く景色、親切にしてくれた不思議な少年……そして、二度と手にすることはないと諦めていた服。一つ一つが、眩い輝きとなってアスカの心に焼き付いている。
(私、またあの場所に行きたい。あの服を着て、色んなところを回ってみたい)
目を固く閉じ、アスカは心の中で何度もそう唱えた。
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