第一章 旦那は二番目に好きな人

4/6
前へ
/15ページ
次へ
「大翔…なの?」  目を見開いてそう言った真希に大翔も同じように目を見開いて言った。 「真希…?」  お互いに指を刺したまま数秒が経過した。  心のどこかでは、まだ彼のことを想っている自分がいるのは確かだけどだからと言って結婚したいかと聞かれるとそういう訳でもない。付き合いたいとかもない。多分、もうそんな感情はないはず。  それなのになんで彼を前にするとこんなに心がモヤモヤするのだろう。 「元気だった?」  何も言わずにその場に突っ立ったままの真希に大翔は微笑んだ。結婚指輪を無くしたりしたら真希なら絶対取り乱してしまうだろう。でも、大翔はそんな表情を一切浮かべておらず心から真希との再会を喜んでいるように見えた。 「うん」  短く返事をして頷いた真希に大翔は「良かった」と言ってまた微笑んだ。 「ここじゃあれだしとりあえず店内に入る?」 「あ、うん」  そう言って約9年ぶりに大翔の隣を歩いた。  あの頃は、それが当たり前で何も感じていなかったことなのに今じゃそれがドキドキする。  普段あまり惚気話をしない美鈴に真希が頼み込んで一度見せてくれた彼女のイケメン彼氏と比べて大翔は平均的な顔立ちで全然カッコよくもなければ身長も男性の平均身長しかない。大学も真希と同じ三流大学だし職業は普通のスーツを着て働く会社員。  今思えば、なんでこの人と付き合っていたんだろうと思うことも正直ある。合わないところもたくさんあったしそれが原因で辛い想いをしたこともある。  でも、それでも彼が好きだった理由は一緒にいると安心するからだろうなと真希は思っていた。気配り上手な旦那も一緒にいて過ごしやすいし共通点があって楽しいけど、彼にはないものを大翔は持っている。  大翔は、入り口を入って右手にあるサービスカウンターに向かうとそこで作業をしていた若い女性店員に声をかけた。 「すいません、結婚指輪の落とし物って届いてないですか?」  女性店員は「確認致しますのでそちらにかけてお待ちくださいと置いてある椅子に手のひらを向けて電話で責任者に連絡をしていた。 「はい、はい、お願いします」  淡々とそう答える店員を見て真希がどっちなのだろうと思っていると隣に座った大翔が呟くように言った。 「結婚指輪無くしたなんて妻が知ったら絶対家追い出されちゃうなぁ」 「大翔って結婚してるんだっけ?」  嘘。本当は知っていた。彼と別れた後、風の噂で彼が結婚したのだと大学の時の同級生から聞いていた。それに今探しているのも結婚指輪だ。  それなのにその現実を信じたくなくてそんな言葉が口から出てしまった。  だが、大翔は「あはは」と笑うだけだった。 「結婚指輪探してるんだから結婚してるに決まってるじゃん。真希ちょっと天然になった?」 「え、あ、ごめん」 「そういえばさ、真希は今どうしてんの?俺達が別れたのって社会人になって1ヶ月後くらいのことだったじゃん。転職とかした?」  別れた。大翔が何気なく言ったその言葉がグサッと心に刺さる。本当のことなのに。  正確には、その辺りにお互い忙しかったり遠距離だったりといった自然消滅したから綺麗に恋愛が終わった訳ではなかったのだけど。 「ううん。私は、まだ新卒の時に入った会社で働いてる。大翔は?」 「俺も転職はしてないよ。俺、てっきり真希は寿退社でもしてるのかと思ってたよー」 「そう見える?私結構仕事好きだよ?興味のあることを仕事にしたし」  そう答えた真希に大翔は「お前犬好きだもんな」と言って1人でうんうんと頷くと付け足した。 「ってか、真希も結婚してんの?」  その言葉にまたドキッとする。もう大翔には関係ないというのに。
/15ページ

最初のコメントを投稿しよう!

24人が本棚に入れています
本棚に追加