13 村上 陽司は回想する 3

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13 村上 陽司は回想する 3

妻が亡くなったのは、番になって5年後。 陽司が大学を卒業し、後継者として父の仕事を手伝うようになって直ぐの事だった。 駆け付けた病院で義両親に聞いた話では、妻の元恋人が先頃亡くなったのだという。 5年前のあの日、何の前触れも無く妻と別れる事になってから、彼は徐々に心を蝕まれていったのだと、義母は語った。 一年経たない内に入院する迄になり、それからはずっと白い病室の中だけで過ごしたと。 時折、義両親は彼を見舞う為に病院に出向いていたが、彼の親族からは良い顔をされなかったらしい。 義両親は何も悪くないのに、娘である妻と陽司のした事で、ずっと責任を問われ後ろ指を指されていた。 自分達のした事の大きさを、今更ながら痛感して、陽司は唇を噛んだ。 義両親にも自分の親にも、申し訳ない事をしてしまった。 彼女の恋人だった彼の精神が元に戻る事は無く、年を追う毎に衰弱していった。 元はαらしく体格のしっかりした青年だったものが、見る影もなく痩せ細って、最期は水すら受け付けなくなり…。 最愛の番を失ったαのなかには、たまにこうして枯れていくように死んでいく者もいるというけれど、まさにそんな死に様だったと聞いて、陽司は胸が詰まった。 自分が奪ってしまったのだ。 彼の人生は、自分が…。 妻は彼の死を、残った数少ない友人の口から知ったのだと言う。 どうやらそれを聞いて直ぐに義実家に息子の和志を預けに行き、そのまま車で出かけて行ったのだと。 義実家に警察から連絡が入ったのは、それから一時間も経たない内だった。 彼とのデートでよく行っていたらしい海の近くで、カーブを曲がり切れずコンクリート製の壁に衝突。 当初は事故だと判断されたようだが、ブレーキ痕は無かった…。 それを聞いた時、確かにこれは事故では無いのかもしれないと思った。 後追い…いや、妻は本当は彼と心中したかったのかもしれないと。 彼は妻を大切に大切に愛していたのだろう。 初めて会って体を重ねた時、妻は処女だった。 事が終わってから、何年も付き合っている男がいると聞いた時には、こんなΩを傍に置いておきながら、奇特なαもいるものだと笑った。笑ったのだ、陽司は。 他人の掌中の珠を乱雑な形で奪っておきながら、その他人の愛情による忍耐を、笑った…。 最低、というのも生温い、鬼畜の所業だと今ならわかる。 自分はどうだろうか、と陽司は自問した。 そこ迄の事をして妻を奪っておきながら、妻に先立たれたと知っても後追いしたいとすら思ってはいない自分の薄情さを認めるしかない。 体の関係すら持たなかったΩを、命を枯らす程に愛したαと、そんなαの最期を知って、自ら死を選んだΩ。 そんな2人を引き離してしまった陽司。 運命の番とは何なのだろう。何故、自分の身にそんなものが降り掛かったのだろう。そんなもの、望んですらいなかったのに、何故惑わされてしまったんだろう。 もしあの時、僅かな理性さえ保てていたなら…。 一旦、彼女と離れて冷静になれる時間を持てたなら。 もう少しマシな未来を選べたかもしれないのに。 妻の葬儀後から息子は義実家に引き取られ、そのまま養育された。 陽司は養育費を払っていたが、息子に会いに行く事は無かった。 成長した和志が、ほんの数回、折々の進路等の相談に訪ねて来てくれた以外は。 『合わせる顔が無い。』 こんな時に迄、何時もの悪癖が出た。 陽司は何時も肝心な所で間違える。逃げ癖を矯正出来ない。 幼馴染みと向き合うのから逃げたように、自分の息子にも背を向けて逃げてしまった。 『合わせる顔がない。』 何時も何時も、そんな理由で。 後悔を教訓にして、息子と向き合っていれば…。 それでも、後に起こる出来事が防げたかは、微妙な所だが。 ともあれ、息子の和志は祖父母に大切に育てられた。 しかし陽司は、状況的な事情で、義両親に乞われるままに養育権は譲ったが、親権は断固として譲らなかった。 身勝手な話だが、実家とすらプライベートでは半絶縁状態にあった為、息子との親子の縁迄もが切れてしまうのには抵抗があったのだ。 和志が高校に上がる時、たまたまだろうが、志望校が陽司の住むマンションから近かった。 それを切っ掛けに、和志は10年振りに陽司のもとに戻る事になったのだ。 一緒に暮らし出し、ぎこちない親子関係が3年間続いた。 だが陽司は仕事を理由に、やはりあまり和志と向き合おうとはしなかった。 和志は、父親と暮らしているというより、親戚宅に下宿している気分だったかもしれない。 そして、大学進学に伴って、和志は進学先の大学のある街で部屋を借りて一人暮らしを始めた。 和志を見送ったその日、正直 陽司は少しホッとしたのだ。 和志を見ていると、自分の罪の重さに向き合えと言われている気分になる。 親としての愛情は持っているのに、素直にそれを表現出来ない。 和志は陽司の中で、自らの罪科の象徴だった。 和志は何も悪くないのに、そんな風に我が子を見てしまう自分がとても罪深く、嫌な人間だと突きつけられてしまうから。
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