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32 南井 義希は決意した
「…お久し振りです、湯島さん。南井です。
和志君とお付き合いさせていただいております。」
出迎えた村上の祖父母に、南井はそう言って気恥しそうに会釈をした。
湯島とは祖父母の姓である。
南井が祖父母を湯島と呼んだ事で、そうか、そう言えば昔会っているのか、と村上は気づいた。
その当時は、祖父母は南井家に娘達の不始末を謝罪しに行く側だったのだろうが、今日は南井が孫息子の婚約者として挨拶に来ている。
この数奇な縁。
祖父母は複雑な心境だろうと思った。昔、自分達の娘が、番を奪ってしまった相手が、孫の番になるなんて。
しかも、この年齢差だ。
南井も南井で、村上の祖父母である湯島夫妻は、自分に対する負い目から、立場的に反対もし辛いのではないかと気になっていた。本当は歓迎したくないのでは、と。
しかしそれは杞憂だったようだ。
2人は挨拶する南井に、暫し見蕩れた後、いそいそと中へ入るように促して村上そっちのけでちやほやと接待し出したのだ。
「本当に立派になられて…。」
と涙ぐむ祖父。
「そのご年齢でもう部長さん?!和志、でかしたわね!!」
…と、茶と茶菓子を出しながら声を弾ませる祖母…。
「いえ、そんな。私などはまだまだ…。」
と、珍しく照れながら頭を搔く南井。
まるで南井がαで、村上がそこに嫁ぐΩのようだ。
自分だってαの端くれなんだし、これから社会に出たらバンバン出世する予定なんだけど…と、村上は微妙な気持ちでその場を見守っていた。
まあ、仲良くやってくれそうで良かった、と思う。
小一時間程も話をして、村上と南井は祖父母宅を後にした。
玄関を出る時、陽司の所に行くと伝えてあった為か、祖父はこう耳打ちしてきた。
「気をつけてな。納得いくよう話してきなさい。」
「うん。」
祖父の目は先程の談笑時とは打って変わって真剣だった。気をつけて、という言葉には、おそらく 南井をしっかり守れ、という事も含まれてるのだろう。
そうだな、と村上は思う。
自分がしっかりしなければ。
今日の話し合いの父の態度次第では、村上は村上の姓から抜ける事も考えている。
祖父母の養子になるのでも、番になった後に南井の籍に入るのでも良い。
未だ何も話さぬ内から早計にも思えるかもしれないが、村上はずっと、自分と父である陽司との親子関係は破綻しているかのように感じてきた。
それが培われるような関係の構築も、放棄されてきた。
高校3年間の同居という村上からの歩み寄りも、意味をなさなかった。
同居というより、村上は只の家事をする居候だった。
養育費や学費等の義務を果たしてきてくれた事は、勿論ありがたいし感謝もしているが、息子の自分と向き合おうとはしない父に、本当はもう、何の期待もしていないのだ。
いやらしい話をしてしまうなら、祖父母は資産家だし、祖父は未だ現役で仕事をしている。養育費を絶たれても、祖父は構わなかっただろう。
正直、金を払い続けて迄、自分の親権を手放さない父の思惑が、村上には理解できなかった。
祖父母宅から2番目に近いパーキングは、徒歩5分以上の駅前にある。
そこに駐車していた南井の車に乗り込んでから、村上は陽司の住所を告げた。
カーナビにそれを打ち込む南井の横顔に、村上は静かに問いかける。
「本当に、大丈夫?」
「何が?」
「面と向かって会うんだよ?」
「その為に行くんだろう。」
答える南井の声色は落ち着いている。
「俺にも和志にも、真実を知る権利がある。」
打ち込みを終えた南井はそう言って、ハンドルに手を掛けながら村上の方を向いた。
「そして過去にケリをつけて、進むんだろう。一緒に。」
ーー一緒に。ーー
そう言って村上を真っ直ぐに見据える南井の瞳。
しなやかで強い瞳だった。
そんな瞳をされたら、村上は頷くしかない。
「そうですね。」
やはり心を決めたこの人は強い、と村上は思った。
外見は儚げなのにそういう芯の強さがあるから、南井は魅力的なのだ。
綺麗な、か弱い、庇護されるだけのΩではない。
村上は、そんな南井が自分に応えてくれた事が、誇らしいと思った。
そして、こんな南井をまんまと手放した父を、哀れんだ。
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