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34 南井 義希は要求する
自動解除やら、自然解除やら。
言葉だけを聞けば、解除手続きをして病院で解除処置をするよりも負担無く容易に成されるものかと、人は思うのだろうか。
確かに注射等の処置で無理矢理解除する方が、そこに至る間での苦痛や、その後の後遺症は重い。
その点、相手のαに番が現れた時の相手都合による自然解除には、後遺症は殆ど無いとされている。
けれど、解除される迄の苦しみが無い訳ではないのだ。
αには殆どダメージが無いのに対して、理不尽過ぎる話だ。
運命の番が現れる自体が稀な事なので、それに伴う自然解除のケースだってサンプルは少ないが、解除されたΩの全てがその時の苦痛を訴えている。
それでも後遺症はほぼ確認されておらず、そういう訳で、嗅覚の鈍化が起きた南井のケースにしても、それが果たして後遺症の一例であるのか、南井本人がαを拒絶する意志を持ったが故に起きた防衛作用なのかは、実際は判断が微妙な所だった。只一点、ヒートが軽くなった事は、メリットと言えば言えるのかもしれない。
解除後のΩは、大概それで苦しむのだから。
「番ってさ。一般的に言われるβの夫婦とは違って、書類だけで離婚できる訳じゃないよな。
一旦契約したら、解除には双方リスクしかない。
特にΩは人生や生命を左右される程に重いものだ。
俺は、そう教わったよ。」
南井の声は柔らかいのに、重い。
陽司はそれを、両手を組んだまま俯いて聞いていた。
そうだ。そう教わった。
陽司も同じように。
親にも、学校でも、専門医にも。
特にα側の責任を、何度も何度も説かれた。
なのに、αとして与えられた特権と、快楽を重視して大切な言葉達を無視していたのは陽司自身だ。
調子づいていたのだと、今ならわかる。
それは年齢と言うよりも、多分に陽司という人間の持つ性質故の事だった。
その為、陽司は人類のほんの10%にも満たないとされる、優れたαという種に生まれながらも、間違いだらけの人生を送った。
陽司の問題点は、衝動的で、過ちを反省が出来るまでに時間がかかり過ぎる事、そして都合の悪い事からは逃げる癖がある事だ。
重複するようだが、これは個人の資質の問題で、年齢もバース性も関係無い。
そしてその長年かけて染み付いた悪癖を、悪癖であるが故に、克服出来ないでいる。また、その努力も怠ってきた。
それは現在の和志との関係が、如実に表している。
南井は続ける。
「だから俺は、お前に強引に噛まれた時も許した。
少し早くなっただけなんだ、って、自分を納得させた。お互い大切な存在になれたんだから、これで良いんだって。
でも、お前にとっての俺は、少しも大切な存在ではなかった。」
「それは違う!!」
淀みなく話す南井に、陽司は反射的に反論した。
それに南井は少し苦笑しながら、
「違うのなら、今この席は設けられてないと思わないか?」
と言い、陽司はぐっと言葉に詰まった。
その様子を見て、南井は言う。
「でももうそんな事はどうでも良いんだ。
俺が知りたいのは、あの時お前がどんな気持ちや考えで、ああいう事をして、謝罪一つ無くいられたのかって事だ。
それをつぶさに話せ。」
優しくて穏やかで、何時でも自分を許してくれて、待っててくれて。
そんな、自分に甘かった幼馴染みの、やんわりとしているけれど、有無を言わさぬ口調に、陽司は驚いた。
昨日があんな風だったから、面と向かえば泣かれるのかと思っていた。でなければ、恨み言を投げつけられ、詰られるのかと。
けれど今、対面している幼馴染みは、昨日とは別人のように、取り乱しもせずに淡々と自分の主張と要望を述べ、陽司を見据えていた。
その、穏やかだけれど温度のない瞳を見て、陽司は未だに自分が都合の良い事を考えていた事に気づいた。
南井が自分に未練を持ってくれているのではないかと、ほんの少しだけ期待があった。
息子の恋人だと紹介されてなお、そんな事を考えていた自分が可笑しくなった。
南井に未練があるのは自分の方なのに、南井が陽司を許して、あの頃に戻りたいと縋ってくれないか、なんて…。
随分生温い夢を見たものだ。
南井は 昨日のあの再会で瞬時に様々な事を悟り、衝撃を受けただろうに、たった一晩で迅速にメンタルを立て直してきた。
そんな人間が、自分のような生半可な人間に靡く筈が無かった。
ましてや、和志のようなαが既に隣にいるのに。
陽司は、一瞬でも愚かで甘い夢を見た自分を恥じた。
裏切りは許されないし、失った時間も信頼も戻りはしない。
今の自分が南井に出来るのは、要求された事に余さず応えてやる事だけだ。
そう腹を決めて、陽司は僅かに震える唇を開いた。
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