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6 南井 義希は少し反省する
結局、胸中の葛藤に負けて、南井は村上に連絡先を教えた。
「ありがとうございます。
僕、配慮も足りずに申し訳無い事をしたのに。」
村上が申し訳無さげにそう言うので、南井は首を傾げた。
「配慮?」
「南井さんに、今現在大切な人がおられるのか、とか…。気が逸りました、すいません。」
「ああ、そういう…。」
やはりこの青年は賢くて、他人を思いやれる人間らしい。最初は南井と遭遇して興奮したのだろうけれど、時間が経てばきちんと冷静に考えられる。
あの頃の自分の幼馴染みに、この気遣いの万分の一でもあれば。
南井の今の心境も、運命の番というものに対する考え方も、もっと違うものになったのではないかと思った。
まあ、それも今更な話だ。
ifの話をどんなに重ねたって過去は少しだって変わらない。
久々に嫌な思い出を引き摺り出されたが、そろそろ切り替えなければ。
南井が目の前の青年に少し微笑んでみせると、わかり易く赤くなって、ちょっと可愛いと思ってしまった。
危ない危ない。
深入りする気なんかないんだから、情は移さないようにしなければ。
「運命の番って…既に番がいても、互いの匂いを嗅ぎ取れてしまうらしいものね。」
それさえ無ければ、番持ちが惑わされる事も無かろうに。本当に厄介だ、遺伝子の惹き合いなんてものは、と南井は苦笑する。
「僕も、そう聞いていました。
だからずっと不安でした。もし、この匂いを辿った先に、番の2人が居たらって。
さっきエレベーターで貴方を見た時、直ぐにわかりました。でも、僕より歳上だと思ったから、一瞬、絶望しました。もう番がいるか、結婚されてるんだろうと思って。」
そうだな。それが普通だと思う。
相手の周囲の事をひとつも気にせず、運命だ匂いだと本能のままに番ってしまうなんて、そんなのは只の獣だ。
「…まあ、年齢的にはそう考えるよね。」
村上の言葉に答えながら、南井は村上との年齢差を思った。
18歳差。約2倍だ。
親子でもおかしくない相手が自分の番だなんて、その点ではガッカリしなかったんだろうか。
そう考えていたら、村上が続けた。
「でも、左手に指輪、無かったから…。
つい、興奮してしまいました。嬉しくて…。」
「…村上君、変わってるね。」
「そうですか?」
どうやら彼にとって、年齢はネックにならないようだった。
「若い頃ちょっとあってね。それ以来独身主義だから、私に特別親しい人は居ないよ。」
そう言って温くなったコーヒーを啜る南井に、村上は安心したように、自分も初めてコーヒーに口をつけた。そして、あからさまに苦そうな顔をしたので南井は思わず吹き出した。
「さっき砂糖入れてなかったっけ?」
席に着いた時に、スティックの砂糖を入れていたのを見た筈なのだが、と南井は思った。
「3本入れました。」
「…3本じゃ、足りないかあ~。」
「何時もはコーヒー飲まなきゃいけない時には5本入れるんですけど、南井さん大人だし、あんまり入れたら余計に子供だと思われそうで。」
「…気にしないよ。」
そう言いながら、南井はもう面白くて仕方なかった。
最近の子ってこんな感じなのだろうか。自分の時はどうだったっけ、と思い出してみる。
やっぱり苦いのは苦手だっただろうか。
何時からミルクを少し入れるだけで飲むようになったのか、思い出せない。
「私の前では、5本入れて良いよ。」
つい、そんな事を言ってしまって、しまったと思う。
まるで先々を期待させるような事を言うべきではないのに。
けれど、既に村上の顔にはパッと嬉しそうな表情が溢れていて、遅かったと知る。
参った。
この青年は、凛々しい見た目を悉く裏切ってくる。
「あの、僕、嬉しいです。」
村上は笑顔のまま、そう言った。
「何が?」
つい問い返してしまう。
何だか村上に対しての警戒心を持つ事が馬鹿らしくなっていた。
「小さい頃から何時も想像していました。
僕の運命の人って、どんな人なんだろうって。」
「…そっか。
だいぶ歳上だったね。おじさんで申し訳ない。」
だから運命なんてものに縛られて、無理する事はないとつづけようとしたのに、南井の言葉に被せるように村上は言った。
「いいえ。こんなに綺麗で良い匂いのする人が僕の運命の人だと知ってしまったら、…すいません、ちょっと、我慢が…。」
「?」
意外と世辞が上手いな、と苦笑していたら、村上が落ち着きない様子になっているのに気づいた。
恥ずかしそうに俯いて、スマホを持った両手を股間を隠すように下ろしている。
ピンと来た。
村上は勃起しているのだ。
長年性的な事からも遠ざかり、年齢的にも落ち着いてしまっている南井はともかく、村上は若い。しかも、精力絶倫のαだ。
Ωの匂いを嗅ぎ続けて、何時迄も平気な訳が無かった。
それなのに、こんな多くの人目のある場所に連れて来て話を、なんて。
配慮の足りなかったのは自分か、と南井は反省した。
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