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「別にそんなことないわよ。幸せな時だからこそ暗い絵が描けるってこともあるの」
その逆もね、と心の中で言い添える。
「ふぅん。そんなもんかねぇ」
「さ、ここはいいわ。押し入れの中を片付けちゃいましょ」
私と夫は母の寝室だった部屋に移動し、押し入れの中の衣類や日用品などをまとめてゴミ袋に入れていく。夫はそのゴミ袋を縛ったり古新聞をまとめたりしていたが段々と退屈になってきた様子だ。いつの間に持ってきたのか先ほどの絵を広げてぶつぶつ言っている。
「さ、大きいものはほとんど片付いたし、駅前のパチンコ屋さんにでも行ってきたら? あと細々した物の整理が終わったら電話するから」
やはり退屈していたらしく夫はいそいそと出掛けていく。一人になった私は夫が机の上に置いていったお祭りの絵をじっと見下ろした。そこに描かれているのは両親の手をしっかりと握り満面の笑みを浮かべた女の子。夫はその女の子を私だと思ったようだが本当は違う。これは私じゃない。
絵を手にしたまま再び居間に戻り書棚を眺める。さっき書棚の整理を途中で止めたのは一番下の段にアルバムが数冊並べられているのを見つけたから。夫にはあまり見られたくない。私は机の上に絵を置きアルバムを一冊手に取った。分厚い表紙を捲るとそこには両親と手を繋ぎ満面の笑みを浮かべる少女の写真が貼られている。
「奈津美……」
両親と一緒に笑っているのは奈津美。五歳年下の妹だ。どれだけ頁を捲っても貼られているのは彼女の写真だけ。私の写真なんて一枚もない。夫が見たらさぞかし驚いたろう。彼は奈津美の存在を知らないはずだから。夫と両親は冠婚葬祭で顔を合わせるぐらいで親しく話をするような仲ではなかったし、私も子供時代の話をほとんどしたことがない。
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