3.秘密

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3.秘密

 ふぅ、と息を吐きアルバムを閉じる。そういえばさっき夫は私の絵を見ながら「この金魚すくいの屋台にいる黒い金魚、これだけ妙にリアルだなぁ」と不思議そうに言っていた。それはそうだ。その金魚こそが自分なのだから。孤独な黒い金魚、それが子供時代の私。  アルバムの後半には何も貼られてはいない。なぜなら奈津美がいなくなったから。妹は小学三年生の夏、忽然とその姿を消した。両親は半狂乱になって探し回り無論警察にも届けたがその行方は(よう)として知れなかった。近所で幼女の連れ去り未遂事件があったこともあり不審者情報が集められ、夜を徹しての捜索が行われたが結局妹は見つからなかったのだ。 「そりゃ見つからないわよ。死んでるだろうから」  奈津美の写真をピシっと指で弾きながら当時のことを思い出す。彼女が姿を消した日、私は友人の家で一緒に宿題をするつもりでバス亭に向かっていた。雨上がりのむっとする空気の中、耳に突き刺さるような蝉の合唱にうんざりしながら歩く。すると突然反対側の道から声をかけられた。 「あ、何してんのババア」  奈津美だった。そういえば今朝、近所のコンビニに漫画を買いに行きたいとか言ってたっけと思い出す。いつもは母と一緒なのだが珍しくひとりだ。黙って家を出てきたに違いない。面倒なのに見つかった、というのが顔に出ていたのだろう。奈津美はこちら側に渡ってくるや否や私の鞄を思いっきり蹴り上げた。 「何だよ、その顔はっ!」  両親が食べたいものは何でも与えるからすっかり肥満児になってしまった妹。甘やかされ放題で何か気に入らないことがあるとすぐ暴力に訴えようとする妹。もうウンザリだった。
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