6:落とし堕とされ

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ポカンとしたまま頰を撫でる仁の手を掴んで一旦離した。 「…」 仁はそんな俺にきょとんとした顔で見つめているが、無反応のまま何も喋らず一歩下がった。 「大和?」 「……ち」 「ち?」 「…ち、ちょっとストップ!」 混乱した脳内は、またもや逃げる事を選択した。ストップと言いながらも仁の横を素早くすり抜けて走った。後ろから「え?」と拍子抜けした仁の声が聞こえたが、気にせずに扉が一番近かった寝室へと逃げ込んで鍵を閉めた。 ドアに背を向け持たれると、滑り落ちるように座り込み顔を伏せた。 な、なんだ?何が起きた!?今さっきあの男は何て言った!?聞き間違いじゃないよな?じゃなければ俺はこんなに混乱する必要はない! これ以上の感情を人生で味わった事がない。あのまま仁と顔を合わせて話をしていたら、心臓が破裂して死んでしまうかもしれないと本気で思ってしまった。 触られた顎や頰、そして塞がれた唇がずっと熱い。それだけで夢ではなく現実だと思い知らされる。 「いきなりキスしたのは謝るけど、部屋に逃げるのは卑怯じゃない?」 持たれかかった背後のドアの向こうから仁の声が聞こえて肩が跳ねた。ドアがガタンと揺れた感覚で、仁もドアに持たれかかった事が分かった。 聞きたい事がいっぱい出てきて脳内で整理できないままゆっくりと口を開けた。 「…二回目ってどういう事?」 「そのままの意味だよ。一回目も俺からしちゃったけど」 「1回目って仁が酔ってた時だよな?あの時、覚えてないって…」 「ごめん、嘘吐いた。俺は酒に強いから全部覚えてるよ」 仁の返ってきた言葉に体育座りをしたまま両腕に顔を埋めた。 な、なんだって!?なんで!?俺一人で抱えてたんじゃないのか?前に仁が酒は強いと言っていた事は本当だったんだ。そうだとしても、何で黙ってたんだ。 「…卑怯はどっちだよ。俺のこと揶揄ってるのか?」 「揶揄ってないよ。俺の事を好きになって欲しかったから全部全部本気だよ。なんでそんなことしたかって言われたら、大和が好きで落とす為だね」 今背後から聞こえているのは紛れもなく仁の声だと分かってる。それなのにどうしても信じられない。 俺を落とす?仁が?俺を? 「嘘だ。仁は女の子が好きだろ?日向子ちゃんは?それに女の子に困ってないだろ。絶対に揶揄ってる」 「嘘じゃないって。ヒナとは何もない。なら、逆に考えてよ。日向子もそうだし、確かに女の子にモテモテな俺がそんな子達に見向きもせず大和が欲しいって言ったらどう思う?」 「っ…」 どんどん信じてしまう材料が揃ってきた。 しかも自分の事をモテモテという仁に自分で言うなとツッコんで笑ってくれる仁の返し、というのがいつもの流れだ。それが出来ないくらい今は緊張というものを通り越している。 信じたいのに信じきれない自分はなんて情けなくビビりなんだろう。今まで味わった事のない胸の高鳴りに向き合うのが怖い。 「とりあえず顔が見たいから一旦出てきてくれない?まさか今日の夜は俺を腰が悪くなるソファで寝かせるつもり?」 「顔合わせるのも腰を悪くさせるのもどっちもやだ。けど今自分がどんな顔してるか分かるから恥ずかしい」 「それが見たいんだけどな。…つか、どっちもやだって。本当にお人好しだよな」 ドアの向こうでクスクスと笑っている仁の声が聞こえる。 「…うーん。仕方ない。そのままでいいから大和が今何を思ってるか教えて」 とにかく顔を上げて自分の思っている事を勇気を振り絞って声に出した。 「俺、仁の言葉を全部本気で受け止めてしまうんだ。冗談とか揶揄っているとか、恋愛経験が少ない俺にはその振り分けが難しいんだよ。だから本当に今言った言葉が嘘じゃなければ全部意識するし受け止めてしまう」 「いいよ、全部受け止めて。俺は本気だよ。後は俺のこと見ただけで意識しまくってくれた方がありがたいけどね」 「で、でも!仁は好きになられたら申し訳ないって言ったんだぞ?」 「あー、そういえばそんな事言ってたな」 「はぁ!?そんな反応!?」 まさかの反応に思わずドアの方を睨み付けた。そんな言葉にずっと左右されたのに、当の本人は軽い口調で他人事のようだ。 その言葉を受ける本人は覚えているが、言った本人はただ言葉を投げつけるだけだ。受ける方には重いのだ。 「それは本当にごめん。その言葉撤回するから」 「…」 「まだ足りない?じゃ〜俺の気持ちを少しお裾分けすると、今以上に俺の事もっと好きになって欲しいから、臣の事も俺以外も全部忘れるくらい俺に夢中にさせたい。人生で俺しかいないって思ってしまうくらい好きになって欲しい」 何故この男はこんなに恥ずかしい台詞がこうも簡単に言えるのだろう。 臣の事が遠い昔の事のように、もう既に頭の中は仁でいっぱいだ。これ以上いっぱいになったら気絶する。 それでも冗談だよと言わない仁に好きという感情が口から溢れそうになる。仁の事を信じたい。 好きな人と同じ気持ちだったと知れた瞬間ってこんなに幸せなんだ。 「…仁」 「んー?」 「俺、ちゃんと本気で仁の事好きって思っていい?…好きな人に好きって伝えていいのか?」 そんな事が出来るなんて人生であると思わなかった。ずっと抱え込んで、こんな秘密誰にも言えなくて苦しくて。自分ではダメだと思ってるのに心はそんな事もお構いなしに好きになっていく。 言葉に出すと今までの事を全て思い出して、ツンと目の奥が熱くなって声が少しだけ震えてしまった。
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