5:ビターハニーダウト

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仁も好きになると嫉妬をむき出しにする事もあるんだな。ヘラヘラしてるからよく分かんないけど…でもまさか俺が嫉妬してるなんて仁は思いもしないだろ。 自分の感情に呆れるが、仁に言われた台詞を思い出した。 『落としたい相手がいるから、手伝ってよ』 確か前にそう言っていた。もしかして落としたい相手というのは日向子ちゃんなんじゃないか? そう思うと腑に落ちてしまうが、別の疑問が浮かんで眉を潜める。 何故手伝わないといけないんだ?俺が日向子ちゃんと仲が良かったら分かるけど、一番知ってるのは仁だよな…。 横では美夕がまだ嫉妬する仁、見たかったーと呟いて、それに対して菫が浮気女が言えるの?と冷酷な事を平気でいう二人の声が少し大きくなって我に返る。 そんな二人の世界を見つめていると、隣の臣の事が気になって見上げた。臣も同様に二人を眺めているが、俺の視線を感じたのか目が合った。 「そうだ、仁は大学休みか?」 「そうみたい」 「二人暮らしは平気?アイツ、料理出来ないだろ」 「平気。実はさ、俺も料理出来なくて」 「まじか!それはお互いに苦労するな」 苦笑いしている臣に釣られて苦笑いを浮かべた。 そしてこのタイミングで臣に対しても前から気になっていた事を聞こうと思った。 「あー、えっと、あのさ…前に駐車場で言いかけてたことって何?」 ずっと気になっていた事を告げると、臣はピタッと分かりやすく固まった。 「…此処ではちょっとな。大和が良ければ今度二人きりの時に話したいんだけど」 臣は周り…というか、菫と美夕の方を一瞬だけ見ていて、二人に聞かれたら良くないと言いたげに気まずそうな表情をしていた。 前の俺なら臣と二人きりで話なんて、生きてる中であると思ってなかった。しかし微笑ましい会話をする雰囲気ではなさそうだ。 この話題になると、臣は何処か気まずそうになるのも変わっていない。もし俺が臣に対して抱いてはいけない感情を持っている事に気付いたら、こうやって話をしてくれるのだろうか?どんな話か分からないけど、やっぱり嫌な予感が過ってしまう。 「…うん、分かった」 「何々?何の話?」 「いや、何でもねーよ。大和、また連絡するわ!」 気が付けば菫と美夕は此方に目線を向けていて、臣は何事もなかったように話を逸らした。 そして、いつもの眩しい笑みを浮かべた臣は手を振りながら廊下の奥へ消えてしまった。 …あぁ、自分の変化に気付いてしまった。 前よりも臣に対して恋心が薄れてきている。というか本当に臣のファンみたいになってるな。これが所謂“推し”ってやつか? 格好良いし、爽やか。人として尊敬する気持ちもある。目が合うとドキドキしていたけど、今のドキドキは臣に何を言われるのか不安なドキドキが近い。 前の恋い焦がれたようなドキドキの行方はどこに行ってしまったのか。それは…一緒に住んでるチャラチャラした男の所だ。しかも予想以上に近い距離感だから臣以上にドキドキしている。 仁の笑顔を思い浮かべると、面白いほど自分の頬が赤くなっていくのが分かった。 こんな簡単に別の人間が恋愛対象になるのか。いや、簡単じゃないよな。仁と過ごす時間は意外と経過していて、アイツの言葉と行動にすっかりハマってしまい、俺自身は抜け出せないほど浸食されていた。 臣に対しても数年ほど片想いをしていたのに、仁相手の片想いはどうしたらいいんだ。一時的だけど一つ屋根の下だし、キスなんかしてしまったし。俺しか知らないからカウントしていいか怪しいが。 でも仁は俺に惚れられたら困るような言い方だったから知られたらいけないって思いつつ、仁とこんなに近くで生活できる貴重な思い出は今しか無いんじゃないかと役が生まれる。 だからバレなければいいって結果に辿り着くけど、仁との距離があまりにも近すぎてバレるのも時間の問題になってきそうだ。 それにしても仁は他に好きな人を作ればいいと言ったけど、自分自身に惚れるってのは話は別よな…。 やっぱり俺ってチョロいのかな。 ******** 悩みというのは一つとは限らないと思ったのは、塾へ出勤して廊下でばったりと漸と会った時だった。 女装してた時の事を思い出し、あのハラハラする出来事から漸と会うのは初めてだった。 漸は驚いたような顔をしていたが、俺も同じ表情だったと思う。しかし漸はすぐに俺の手を引っ張って人が通らなさそうな廊下の奥に連れて行った。 「…漸、これは何の真似だ」 抵抗する暇もないくらいあっという間で、漸は逃げ場を無くすように片手を壁に手を置いてきた。 「こうでもしないと捕まらないだろ。で、あれなに?何で女装してたの?しかも頰にキスされてなかった?…仁さんとどういう関係?」 もう誤魔化しようがないくらいの言葉が俺にグサグサと刺さった。先生に対してなんの真似だ!と怒ろうという感情が一気に引っ込んでいくほどだった。
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