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鏡の前に座らされると、トモさんが右側から体を入れ込むように覗き込んできた。
「まずは化粧水で顔を整える。因みに今の暑い時期だとコットンで軽く叩くみたいに化粧水入れ込んだら毛穴がしまる」
そう言いながらトモさんはひんやりとしたコットンを優しく当てながら顔を触れてきた。
「それから乳液でしっかりと保湿して潤いを閉じ込める。脂性肌だからって乳液怠ると余計に顔から脂を出そうとしてベタベタになるってわけ」
「へぇ、そんなことが」
「んで化粧崩れを防ぐ為に下地を顔全体に塗る。これも大事。やるのとやらないのだと化粧直しの回数が減る。それから…これ」
「え!?このカラフルな色をのせるんですか?」
下地を塗り終えると、色鮮やかなカラーのパレットのようなものを見せられて目を丸くした。
「これ、コントロールカラーっていって顔色のカラー調節みたいなもん」
「こんなに色付けたら浮きそうなのに」
「と、思うじゃん?やぁちゃんの肌ならここのクマを隠す為にオレンジの色を乗せる。そしたら暗いクマがオレンジで緩和されて肌の色と同化する。因みにニキビなら赤だからグリーン系を軽く乗せたりする。要はファンデーションのカバー力をよりあげる為の下地」
慣れた口調と手つきでクリーム状のオレンジを肌に薄く乗せてスポンジで馴染ませてきた。それから肌の色に合ったファンデーションを全体的にのせてスポンジで馴染ませると、毛穴やクマ一つない綺麗な肌になっていた。
「なんだこれ、肌が綺麗になった。凄いです!」
「まぁ、女装が好きでこのバイトしてるようなもんだし」
「えっ、あ、そうですよね」
やっぱりトモさんは好きでこのバイトをしているわけで。偏見を持つわけじゃないけど、もしかして…トモさんって。
薄々気になってた事を聞けずに横にいるトモさんを見上げると、バチッと目が合ってしまった。
「女装好きだからって男が好きってわけじゃないよ。そういう人もいるけど俺はヘテロだから。だから取って食ったりしないから安心しろ」
「え!?あっ、うっ、いや、そんな警戒してるとかそういう訳じゃないんですけど、ただどっちなんだろうなと素朴な疑問でした」
頭の中を見透かしたような返答にギクッとした。
「よく聞かれるよ。今彼女と一緒に暮らしてんだけどさ、彼女がこんなバイトあるんだよって紹介してくれたのが此処なんだよ」
「彼女さん公認ですか!?」
「やぁちゃん、動かない。真っ直ぐ見て」
色々と驚いて思わずトモさんの所を見てしまうと、顔を掴まれて鏡の向こうの自分と目が合う。「すみません」と呟くと、トモさんはメイクを続けた。
「だから新作のメイク用品出たら彼女と家でお互いにメイクし合う時間が好きなんだよな」
鏡の向こうのトモさんは初めて口角を上げて微笑んでいて、その顔が愛おしそうに彼女を思い出しているようにも見えた。
その姿が幸せそうで自分までも胸がギュッとする。
目を離せなくてジッと見ていると、「やぁちゃん、聞いてる?目閉じて」というトモさんの声と肩を叩かれた事で我に返って目を閉じた。
「す、すみません」
「何、ボーッとして。引いた?」
「そうじゃないです!自分の好きなものを好きな人と共有出来てるって素敵だなって思ってました」
「はは、俺も贅沢だなと思うよ。逆に彼女以外って考えも思いつかないくらい。もう離さないぞーっていつも言ってる」
目を閉じてても分かるくらい幸せそうな顔をしているんだろうなと思わせるほどトモさんの声が明るくなっている。
男でメイクをするのが好き、女装をするのが好きって俺だったら隠してしまうんだろうな。トモさんと彼女さんの出会いは分からないが、本当の自分を出せて楽しい時間を過ごせるのが羨ましい限りだ。
「秘密とか言い辛い事を受け入れてくれる存在って大きいですね」
「なんだか、やぁちゃんも秘密があったりする反応だな」
「あ。…まぁ、俺も人間なんで秘密の一つや二つはありますよ。トモさんみたいに秘密を共有出来て気にせず生活出来る相手が居るといいなって」
出会って一時間くらいしか経たないのに思わず本音を零してしまった。勝手に親近感が湧いてしまったのは、内容は違うけど秘密があるという共通点を見つけてしまったから。それにトモさん話しやすいし。
「そうか。でもこんな俺でも勿体ないくらいの彼女が出来たんだし、大丈夫だよ。でもやぁちゃんってさ、お人好しそうだから騙されないように気を付けてな」
「お人好し…気を付けます」
「はい。完成。…うん、まぁ女の子に見えるっちゃ見えるから大丈夫だよ。もっと上手くなるように頑張るわ」
「これは俺の素材が悪いだけです!すみません!」
トモさんも何とも言えない顔をしていて顔を背けたくなる。
鏡の向こうの俺は別人級だが可愛いかどうかと言われれば、うん、言わんこっちゃない。
それより、お人好しって言われたな。俺の何処を見てお人好しに見えたんだろう。
仁にも詐欺に遭いそうとか言われてたけど、俺ってそんなに抜けてる?
そう思うと、また夢に見た仁が脳内で浮かんできて頭をグシャグシャと掻き乱したくなった。
イヤだ。仁のキスが忘れられない。もうそろそろ消えてくれたっていいだろ!
「じゃ、そろそろホールのシステムと仕事内容教えるから行こうか」
「あ、はい…」
周りを見渡すと、メイクを済ませて女装した人が部屋から出て行くのが分かった。
これはヤバいぞ。周りのクオリティーが高い。皆可愛い。…これは俺だけが色んな意味で浮くぞ。
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