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女性多数の店内では賑やかなランチタイムになっていた。女性達はキラキラと目を輝かせながら、着飾った女性…ではなく女装をした男達に向けていた。
あまりにも完璧な女装をしているからこそ中途半端に女性を演じてしまうと逆に浮いてしまう。だから俺もヤケクソで演じている…つもりだ。
「いらっしゃいませ。ご注文の海老アボカドチーズの贅沢生パスタです」
「ありが……っぷ」
「わー!新人の子だ!やぁちゃん?あはは!逆に可愛い〜!」
深い赤の中に金と黒の刺繍が入ったチャイナ服と、左右お団子になっているウィッグを着用。
少し上ずる声を出すのは慣れたが、それは自分自身の話だ。初見の人からしたら新人とバレるレベルらしい。
美味しそうな海老アボカドチーズの生パスタを二つ持ち運んで置くと、常連のような女性二人は俺に耐え切れずに噴き出した。
逆に可愛いってなんだよ、逆にって。それはもう可愛くないだろ…っ!
ホールに入って二時間以上経った。けど持っていった先のお客さんの反応が揃って同じ反応だ。いや、こんなに笑ってくれてるのはこの人達が初めてだけど。
公開処刑とはこういう事を言うんだろうと身に染みるほどだった。まるで顔にイタズラ描きされたのか?と言わんばかりに笑われる。
「…」
周りが完璧に女性だからこそ、ふざけてるのかと思われる顔なんだろうな。ふざけてないからな。芋くささがまた良いねとかも言われたけど、それ褒めてないからな。
時間が経てば経つほどどうでも良くなって、この気持ちにも慣れてきた。
トモさんを見ると、何やらフードを持っていった先の女性と写真を撮っていた。女装してるスタッフと写真を撮るのまでは大丈夫らしい。
トモさんは慣れたように笑みを浮かべて肩を並べていた。聞くと、トモさん目当てでお店に来てくれる人が居るくらい人気らしい。そりゃそうだ。
配り終えてキッチンへ向かうと、料理をどんどん作り出している菫が振り返ったことで目が合った。そして頰を膨らましてプルプル震えて噴き出すのを必死に我慢しているのが分かる。
「やまっ…と」
「…笑いすぎ。仕事に集中しろよな」
「うっ、ぷ。…そんな顔で言わないでっ…」
「どんな顔だよ。こっちは元々の顔だぞ?」
メイクを完成させてトモさんと一緒に菫に見せに行った時からずっとこうだ。気を遣うという事を忘れたのか?と言わんばかりに盛大に笑われた。
「はぁ~。後で私と写真撮らない?」
「絶対に嫌だからな」
「あ、やぁちゃん、休憩入っておいで」
まだケラケラと笑う菫を横目で睨んでいると、写真撮影を終えたトモさんが戻ってきた。
「はい。有難うございます。トモさんは休憩はしないんですか?」
「俺は今いるお客さんまだ呼ばれているからまた後でな」
トモさんはウィッグを少し直しながら店内の様子を見渡した。
ホールは先程よりか落ち着いてきたが、それでもトモさん目当てのお客さんの対応は終わってなさそうだった。
「はい、大和のまかない飯」
「え!?菫の手料理…初めてだ」
「さっきから散々見てるパスタだけど。後もう少しで終わりだから頑張ってね?」
「うん、ありがとう」
そう言って受け取った皿にはほうれん草とベーコンが入ったクリームパスタだった。
接客に集中しすぎて腹減ってることを忘れていたと言わんばかりにお腹がなった。めちゃくちゃ美味しそうだ。このタイミングで菫の手料理が食べれるとは。
「やぁちゃん、さっきの控え室で食べてきて。そして食べ終えたらリップ絶対直してな。ミカちゃんいるから、分からなかったら色々聞いてみて」
「ミカちゃん?…分かりました」
ミカちゃんがどういう人か分からないけど、とりあえずパスタ片手に控え室に向かうことにした。
***
「あ…失礼します」
「ん、どーぞ」
控え室のドアを開けるとセーラー服を着用したミカちゃんと名札を着けている人がいた。足を大股に組み、同じようにパスタを食べていた。
ウィッグを外しているのにも関わらず顔が整って綺麗で体形も細い。ミカさんは同じ性別だとは思えないくらい女性っぽいな。
テーブルの方へ歩いてミカさんの向かえに座ると、バチッと目があった。
「お疲れさまです。大反響ですね」
「お疲れさま。土日はいつもこーだよ。つか、やぁちゃんだっけ?すげーじゃん、ある意味人気者だね」
「ウッ。笑い者の間違いでは…」
「お客さん笑顔にするって大事なことだから俺はいいと思うけど」
ミカさんはパスタをフォークで回しながら口角を上げて笑った。
よかった、ミカさんも悪い人ではなさそうだ。
「いただきます」
「それで、やぁちゃんってどっち」
「え?どっちって…なにがですか?」
「女が好きなのか男が好きなのか。…もしくはどっちもイケる?」
ミカさんに安心しきった瞬間にパスタを巻いて口に含もうとした手がミカさんの言葉によりピタッと止まった。
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