5:ビターハニーダウト

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「それで、帰ったら部屋が水没してた?」 「………うん」 「ヒ…ッ」 昼食中、自分でも分かるくらいげっそりとしながら参ったように額に手を乗せた。 話を聞いていた菫は驚愕した表情から俺の様子に哀れんでしまって眉をハの字に下げた。その横で央一が何故か顔を真っ青にして小刻みに震えている。多分共感してくれたんだろう。 あの後、町田さんと警察の人達から事情を全部聞いた。 まず初めに町田さんがマンションの廊下で部屋の扉の隙間からちょろちょろと水のようなものが溢れていた事で発覚した。で、その部屋が俺の住んでいる部屋だ。 勝手に部屋を開けるわけにもいかないと判断した町田さんは混乱し、俺に電話をする前に警察を呼んでしまい、まずは俺に電話をしようと話になった時に俺が帰宅。 まさか水を出しっぱなしで外出してしまったのか?と不安のまま町田さんと警察の人達と共にドアを開けると、廊下とキッチンと玄関とリビングが水浸しだった。 靴はしっかり靴箱に収めていたものの、マット類や家具の置かれている足場が全部水だった。 「原因は?」 「マンションの水道配管の損傷だった。しかも俺の所だけ。取り換えしないといけないのに、俺の部屋のチェックし忘れていたみたい。…本当に疲れた。だってあの後だぞ。バイト終わりに家に帰ってゆっくり休もうと思った矢先だ」 「大和、今年厄年?」 「違うはず。…俺は神様に嫌われてんのか」 「…か、かわいそうだ!」 「本当に可哀想。大学の書類とか教科書とか諸々はどうなったの?」 「それはテーブルの上に置いているから大丈夫だったんだけど、住めたもんじゃない。大家さんが家具類とか全て弁償してくれるらしいんだけどさ」 はぁ、と深い溜息を吐いた。 何故こんなに災難が続くのだ。 俺と同調するように菫と央一は昼ご飯を食べる手を止めてしまっていたが、「食べよう」と自分にも言い聞かせるように呟くと、二人も少しずつ手を動かして口へ含み始めた。 「住むところはどうしているの?」 「大家さんが直るまでホテル代全部出してくれるみたい」 「大家さんが良い人で良かった。もしダメなら私の家に来るか聞こうと思ったけど」 「いやいや、行けるわけないだろ。迷惑かけるし、いくら友達でも女子が一人暮らししている所に数日間も居れない」 流石に女の子の一人暮らしな上に期限が分からずに居座るのはとてつもなく申し訳ない。 別に手を出そうとか最低な事を考えているわけじゃない。菫が恋人という存在が居るとか居ないとかそういう話では無い。 というか菫とはそんなんじゃないし。とにかく俺の存在は色々と気にしちゃって大変だろ。 「大丈夫。大和のこと信用してるし男として見た事ないから。じゃないと誘わない」 「菫さ、たまに突き刺してくるよな。…それでいいんだけど、そういうことじゃなくて迷惑かけたくないんだよ」 「なら、俺の家は…?」 「央一は実家だろ。家の人に申し訳ないし。二人とも本当に有難う。ここは大家さんに甘えてホテルにするよ」 すると央一も眉を寄せて心配そうに覗き込んできたが、直ぐに断ると、しゅんとした顔で俯いた。 いつまで居座るか分からない人間を置いておくなんてダメだ。 「あ、菫だー!おはー」 「美夕じゃん。おはよ」 すると、テーブルの横を横切った女子が菫を見付けると、明るい口紅を塗っている口角を上げた後に足を止めた。確か仁の元カノで、菫の連絡先を仁に教えたって言ってた子だ。 「もしかして、この男子二人があの友達?はじめまして~美夕です。よろしくね!」 「はじめまして。河西大和です」 「は、はじ…めまして、澄川 央一、です」 美夕と呼ばれた子は俺と央一に視線を合わせるように見つめると、大きい瞳をパチパチと数回瞬きをした。 「大和君と央一君ね。それより大和って名前どこかで…あ、仁と仲が良いっていう?」 コミュニケーション能力の高そうな相手を前に身構えるが、美夕は菫へと視線を移した。 「そうそう。大和は仁君に洗脳されちゃったの」 「おい、洗脳されてないからな」 以前、仁の事を良い奴と言ってしまってから、仁に洗脳されたという事になっているらしい。断じて洗脳はされてないと言いたい。…多分。 それにしてこの場に仁の元カノと仁を振った女が居るのも怖い話だ。 そして俺はその仁からのメッセージを初めて無視した。朝に来ていたら返していたが、何か離れる為にと思ってした行動だ。それに仁からも追って連絡は来ない。だからこのまま無くなれば…。 「あ、噂をすれば!じーん!」 え?仁って言った? 美夕が食堂の何処かへ目を向けると、仁と臣が一緒に歩いていて、美夕の声に反応して振り向いた仁と臣に手を振っていた。手を振り返す仁が自然と目を向けたのが俺だった。バッチリと、目が合った。 それだけで分かりやすく動揺して肩を揺らすが、仁は笑みを崩さないまま此方に向かってきた。
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