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大学の講義が終わり、仁から大学の駐車場に来てとメッセージが入っていた。画面を見て思わず溜息を吐かずにはいられなかったが、行かなければ最悪なルートだ。
弱みを握られている立場の大変さを今更知るなんて思いもしなかった。それほど仁に心を許してしまっていた証拠だ。
「大和」
「臣か。どうしたんだ?」
重い足取りで駐車場に向かっている途中に鞄を持った臣が眩しいくらいの笑みで手を振っていた。
くっ、相変わらず爽やかだな。
「良かった。実は話したい事があってさ」
「え、話したい事?俺に?」
「うん。あのさ…まぁ、なんていうか…聞きにくいんだけど…」
珍しく気まずそうにしている臣は、視線を外して周りを気にするように見渡していた。
こんな表情の臣を今まで見た事がなかった。顔に出る程の焦りと…何かを言いにくそうな姿。臣のイメージば真っ直ぐで正直な人間だと思っている。そんな人がこんな顔をするのはよっぽどの事を俺に聞こうとしているのか?
そう思うと何だか嫌な予感がした。いや、ありえない。だってそんな事ない。その事情を知っているのは仁だけだ。だからバレる事はない。なのに、なんでこんなに嫌な感じがするんだ?もしかして…無いよな?
「…なに?」
大丈夫。考えすぎだ。でも聞きたくない。けど気になる。
ドキドキしながら臣に目を向けると、外していた視線を此方へ向けた時だった。
「…あれ?」
聞き覚えのある声に自然と会話が中断した。タイミングが良いのか悪いのか、待ち合わせをしていた仁が来てしまった。
「大和、お待たせ。二人で居るの珍しいね」
「ごめん、約束してたのか。止めて悪いな」
「…いや、俺は大丈夫だけど、話は大丈夫だったか?」
「あー、また今度な」
明らかにぎこちなく話す臣は俺たちに手を振って帰っていった。
仁は臣が去っていく背中を見送ると、俺の腕に自分の腕をぶつけるように横へ揺れた。
「何を話してたの?」
「お前さ、俺が臣のこと好きって言ってないよな?」
「は?言って無いよ。大和が俺の言う事聞いてくれる限りね」
真剣に聞いているのに、いたずらっ子のように口角を上げていて、ふざけた様子でもたれ掛かってきた仁を押し返した。
「真剣に聞いてんだよ。絶対言ってないよな?」
「本当に言ってないって。そんなに必死になって何を言われた?」
「…何も言われてないから気になってるんだよ」
「俺も本当に分からないからな。…つか、本当に来たんだ」
「あんな脅し言われたら誰だって来るだろ!」
「脅しって言い方ひどいな。でも来ないとバラされちゃうもんな」
仁と共に自然な流れで車までの距離を隣で歩いていると、横からまるで他人事のように呟いて喉を鳴らし笑う仁に眉を下げつつ軽く睨んだ。
「それより本当に家に居ていいのか?いつまで居るか分かんないぞ」
「だから良いって言ってんじゃん。何ならずっと居てもいいよ」
「はっ!?ずっとって…なに言ってんだよ」
「そんな動揺する?冗談だよ」
小さく笑いながら宥めるように背中をポンポンと叩かれるが、先程よりも仁に対して強めに睨んだ。
このチャラ男…俺を揶揄うのやめてくれないかな。こっちの心境の変化も知らないで。いや、知られても困るけど。ていうか、どんな気持ちだよ!俺は知りたくないよ。
あっという間に車へ着いてしまい、仁が車の鍵のロックを解除する。「どうぞ」と促されて「…お邪魔します」と乗り気じゃないまま助手席に入り込んだ。
あぁ、事が進んでいく。仁は友達としての好意で助けてくれているのは分かっている。女が好きだって断言されたし、臣の二の舞になる事だって分かってる。
もし俺の気持ちを知ったら軽蔑するんだろうか。はは、むしろ自ら暴露して仁から離れさせてしまえばいいんじゃないか?そしたら仁も家に俺が来る事を嫌がって無しになるとか…あるかな。
ふと作戦が脳内を横切ったが、車内である事に気付いて仁の方へ顔を向けた。
「もしかして煙草辞めたのか?」
「お、すげぇ。気付いた?もう買ってないよ」
「前まで辞めたいって言ってたのに凄いな」
煙草を無意識に口に咥えていたことがあるくらい煙草を吸いたそうにしていたのに、仁から煙草の匂いが消えていたことに気付いた。
正面を向いていた仁が不意に横を向いて俺の方へ手を伸ばして来たのが分かった。突然に伸ばされた手に吃驚すると、右頬を人差し指で押してきた。
「言ったでしょ。満たされたい時に吸いたくなるって。けど今は充分満たされてるんだよね」
ニコッと笑う仁から逃げるように人差し指を掴んで離した。
家に呼ぶような女の子も居ないし、仕事で辞めろと言われたわけでもない。それなのに満たされている。なぜ満たされているのかも聞いてこない仁もあざとく感じた。
だからそういう態度を取る仁だって悪いからなって文句も返せる気がする。
「それは良かったな。…とりあえず早く行こう。って言っても、どうするんだ?」
この話題から分かりやすく話を逸らすと、仁も追求することなく正面を向いてシートベルトをした。
「そうだなー、まず先に大和の荷物取って…あ。今俺ん家食材何もないんだけど」
「…」
「…」
「「また地獄絵図?」」
想い出したように口を揃えて同じ事を言ってしまった。お互い堪えた出来事だったしな。
「とりあえず前よりかは上手くなってる自信あるけど」
「いや、俺だって…ま、まぁ、卵を上手く割れないけど、殻取るのは上手くなった」
「あはは、そこ上手くなってどーすんの。ならどっちが上手く割れるか勝負な」
「嫌だ!お前と勝負したらまた何かと条件付けてくるだろ!」
「お、流石。段々俺の事分かってきた?」
先程の雰囲気を払拭するように場が和むと、仁はサイドブレーキに手を掛けて車を走らせた。
仁のすごいところはコレだ。気まずく感じているのは俺だけだが、そんなの仁の明るさで無くなってしまうんだから。
***
隣で真剣にスマホでレシピ等を検索している大和の表情を横目で見た。
「(いつまで逃げるんだろ。…俺相手だと難しいよ、大和君)」
既に大和の事を見据えているようなわざとらしい言葉を心の中で唱えると、バレないようにフッと小さく笑った。
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