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「お邪魔します…」
「いらっしゃーい」
先に鍵を開けて入った仁は嬉しそうに振り向いたあと俺へ笑い掛けた。
両手いっぱいの荷物を持ち、やっと仁の住んでいるマンションへ辿り着いた。初めて入るわけじゃ無いのに、こんなに後ろめたいのは今日から帰る場所が此処になるからだ。
俺の休息の場になる所に仁が居るという事がどういうことなのか分かっている。そして一番恐れているのは仁に対する気持ちが完全体になることだ。しかもお互いじゃなくて俺自身だけがな。
「大和、荷物こっちに置いてるから」
荷物を空いてるスペースに置いてくれた仁に弱弱しく「…ありがとう」と返した。
大学の駐車場から出た後に向かったのは俺のマンション。大家の町田さんと会って仁の家に居る事を話をし、ホテル代を返そうと思ったが、申し訳なさそうにお金は返さなくていいからと一点張りで受け取ってくれなかった。俺には非がないことだからという事を念押ししてくれてその話は終わってしまった。
「腹減ったー」
それからご飯はファーストフード店でドライブスルーをした。お互い久しくファーストフードを食べてないからという理由と、今から作るのは面倒ということで即決だった。仁はモデルの撮影で自然と避けていて、俺はそもそもファーストフードを食べる場所が近くになかったからだ。
「そうだな。俺も腹減った」
「とりあえずお腹満たして片づけしよーよ。それよりご飯代のお金だけどさ…」
「言っただろ。ここを使っていいって言うならせめて払わせてくれ。そうじゃないとホテルに移動するからな」
仁が財布を手に取った姿を見た瞬間に急いで手を掴んだ。
お金というのは町田さんが受け取ってくれなかったお金だ。仁のマンションにお世話になる間で生活費として使おうと思った。
コイツだって脅してここに連れてきたんだ。そのくらい言ってもいいだろ。
「…ふっ…傘の時も思ったけど、そんな必死で怖い顔しながら言うこと?」
きょとんとした顔からニコニコしながら俺の頬を突いてきた。
「俺にとっては必死になるくらいのことなんだよ」
「律儀だなぁ。素直に甘えればいいのに。けど、大和のそういうところ意外と好きだよ」
さらっと好きと言われて隠すことなくギョッとしてしまった。
こ、このチャラ男は…。
「…律儀っていうかお前に借りを作るのが怖いだけなんだけどな」
「あはは、信用無いな。そこまで言うならご馳走になるよ。てか早く食べよう」
仁の後を追い掛けつつ、寝室の方へ目を向けたことで重要なことを思い出した。
「あっ!」
「どうした?」
「寝床!布団買うの忘れてた!」
「そういえばそうだったな。まぁいいんじゃね、一緒に寝ようよ」
はぁ!?何を言っているんだ。そんなの一番ダメだっ!
顔が一気に熱くなったと思えば、今まで味わったこと
絶対に意識して寝れない。前とは状況が違う。朝起きて仁の顔がドアップなんて、もう無理。何が無理なのかは分からないけど無理だ。
「…俺は…ソファで寝るよ」
「あのソファは本気で止めとけって。体壊すよ」
「で、でも二人で寝るの狭かったじゃん。占領するの申し訳ないなーって。あとで買いに行くわ」
「大丈夫だって。前寝た時全然狭く感じなかっただろ。…それとも何か嫌な理由ある?俺と大和だよ。別になんともないよね」
口角を上げ乍ら俺を目をジッと見つめる仁は何処か怪しくも見え、グッと何かを押さえ込むように耐えた。
…何ともないよね。うん。分かる。そうだよ。仁にとってはな!このチャラ男が憎い!
「…何もありません」
「よし。食べよ。大和さードラマとか見る?今録画している話題のドラマあって」
「観ませんね」
「はは、何で急に敬語になってんの。ドラマ一緒に観ようよ」
「どうぞ、好きにしてください」
「あはは、変なの」と呟いてケラケラと楽しそうに笑う反面、逆らうと余計に変に思われて問い詰められると思い、無になって仁に答えた。
無駄な抵抗は無意味だ。家が直れば元通りだぞ。そうだ。感情を変化させてはいけない。仁は女好き、俺は誰も好きじゃない…。
***
「この主人公さ、好きじゃないって言ってんのにキス受け入れてるし絶対好きだよね?」
「………そうだな」
リビングにあるテーブルで仁はポテトをもぐもぐと食べていて、俺はハンバーガーを無心になって食べていた。そして録画したドラマを流してくれたのだが…よりにもよって恋愛ドラマ。
しかも好きなのか好きじゃないのか曖昧な主人公が嫌いだと思っていた別の相手からキスをされて…という恋愛もの。
仁は興味津々でテレビに釘付けだ。白けた目でドラマを見て見ぬふりをしていたものの、仁が質問してくるので見ないと何か言われそう。
何だよ、このドラマ。俺の心に突き刺さる。まさに俺みたいじゃん。ここまで来たら俺の心が読めて嫌がらせで流してるとしか思えない。
すると、液晶に目を向けていたが視線を感じて横を見ると、仁は何故か俺の方を見ていた。
「ドラマ観ないのか?」
「観てるよ。なぁ、好きじゃなきゃキスなんてしないと思わない?」
「う…うん。そういうものだと思ってるけど」
仁の何気ない質問にドキッと胸が高鳴る。
いやいや、ドラマの話だよな。この前キスしてきた癖にその質問を俺にするのか?仁は知らないから仕方ないことだが。
仁は最後に残していたフライドポテトを手に取ると、俺の唇に当ててきた。
「俺も好きじゃなきゃキスしないから」
「…っ」
ドラマの…話だよな?
俺に目線を向ける仁は一切ブレず、ジッと見つめるその瞳に吸い込まれそうなくらいだった。
するとドラマの展開が少し慌ただしい展開になったことで音量が少し大きくなった。その音でハッとして咄嗟に目を逸らした。
「って、なにこのポテト」
それから我に返るように口元に持っていかれたポテトと仁を怪訝そうに見比べた。
「俺ふにゃふにゃのポテト苦手なんだよね。大和食ってよ」
そう言いながら唇にポテトを押し付けてきて、別に拒否する理由もなかったので仕方なしにパクッと食べた。
「よし。先お風呂入るわー。適当に休んでて」
仁は俺がポテトを食べた事に満足そうに口元に笑みを浮かべると、風呂場へと消えて行った。
仁が居なくなったのを確認すると、数秒微動だにしないまま、どんどん熱くなる顔を隠すようにテーブルに顔を伏せた。
やっとまともに息が出来る。
…一生のお願いを今使っていいか!?水道管工事の方!出来れば早く直してほしい!
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