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気が付けば眠りについていたみたいで、寝返りをしようと身体を動かそうと思ったが自由が効かなかった。
「………ん…?」
目をゆっくり開けると、暗かった景色から窓からこぼれる太陽の光で少しだけ明るくなっていた。
眉を顰めながら見慣れない家具を見渡して、寝具の感触と腹辺りを圧迫するような感覚で寝返りをうてない事に気づいた。
お腹辺りに目を向けると、自分よりも少し太い腕と細長い手があった。そして背後から感じる暖かい体温でどんどん脳が動き始める。
そうだった。家は水浸しで今は仁の家……って事は。
カッと目を開き、勢いよく後ろへ顔を向けた。
「じっ…!」
抱いてはいけない感情を向けた美形の男がすやすやと寝ているではないか。大きい声をあげそうになり、咄嗟に自分の口を塞いだ。
ち、近すぎる!
寝起きなのに心臓に悪い体勢は全身の血の巡りを早くすると同時にドキドキと心拍数が上がっていく。
俺がもう少し上に顔を向けると、キスしてしまいそうな距離だった。足同士が絡まるように密着するだけではなく、仁の体温は俺に分けてくれるみたいで心地良い。熱くなっていく頰のまま仁の顔を眺めた。
「……」
なんで抱き締めて寝てるのか分からない。しかも寝ていて無防備なのに本当に良い顔してるよな。この男の顔の良さを実感すればするほど女子と間違えて抱きついたんだなと思ってしまう。離れて欲しいけど、こんな状況で目を開けられても困るな。
そう思った時だった。仁の目がゆっくりと開いたのが分かった。まるで自分の心の声が聞こえてしまったのかと思わせる程のタイミングに目を丸くするが、直ぐに離れてほしくて仁に訴えた。
「…お前、抱き締める相手を間違えてるぞ。俺は大和だぞ。男だぞ」
「………ん〜」
仁は眠たそうな目でゆっくりと瞬きすると、驚くことはなかった。まだ目が覚めてないのか?と思ったが、俺相手なのに更に抱き締める力を強くしてきた。
「え!?仁、馬鹿か…っ、ぎゃー!」
思いっきり剥がすように押しのけると、思いのほか力が強すぎてベッドの端から床へと落ちた。この痛みにも慣れてきたな。
***
「まーだ怒ってんの?」
「…怒ってないって」
「なんでこんな険しい顔してんの」
男二人、キッチンで朝ご飯の準備をする。昨日買い貯めた中の一つ、パンケーキの素。まさか仁がパンケーキの素をわざわざ購入するまで好きなんだという事を知りもしなかった。それも女の子にモテる要素なのか?
仁は甘いのが好きらしい。無事生地になってくれたパンケーキをペタペタとフライパンの上でつついている。けど、仁の方が口を尖らせ、何故か不貞腐れていた。
別に怒っているわけじゃない。ただあんな事して平気そうな仁に対して警戒心が更に増してきた。俺が嫌じゃなかったのかって聞いたらどんな答えが帰って来るんだろう。
キッチンで男二人が立つのは狭く感じる。前はそう感じただろうか?感じなかった。それは仁との距離を意識してなかったからだ。昨日からずっと意識してばっかりで、頬が熱いのなんて慣れてきた。
とりあえず平然を被ったまま仁が作り上げたパンケーキを皿に並べた。
「本当に怒ってはないけど、女の子と間違えるほど女の子が足りないのか?」
「俺が男と女の骨格とか肌の感触とか間違えるわけねーじゃん」
「…何だそれ。チャラいぞ」
「ふふ、ありがと」
「褒めてないし」
横で小さく笑みを込めたような声が聞こえ、思わず和んだまま小さく笑った。
…あれ、なんか…今の会話おかしいな。それって俺だって分かってやったって事か?
パンケーキに蜂蜜をかけてほしいとお願いをされていたが、蜂蜜を垂らそうとしていた手が止まった。
「大和、シナモンもかけて」
「っ、え、うん」
横から仁が近寄ってきて皿にパンケーキを移した。少し肩が触れたことで止まっていた思考が動き出す。何か話を逸らさないと余計な事を言ってしまいそうになり、必死に何か話を繋げようと口を開いた。
「シナモンも好きなんだ」
「うん、シナモンと蜂蜜とパンケーキは最高って臣が教えてくれた。アイツも意外に甘いのが好きだから」
「臣って甘いの好きなのか?」
突然入ってきた知らなかった臣の情報にいつもの反射神経で前のめりで仁の顔を覗き込んでしまった。
何だか今はファンとして臣の事が気になって反射的に聞けるものは聞いておくという感じになってしまっている。多分だけど今は恋愛的な感情は薄れてきてしまっている。あんなに好きだったのに。どうしてこうなったんだ。
すると、仁がパンケーキを移す手を止めて俺をジッと見下ろした。
「まだ臣のこと忘れられねーの?」
仁の表情は馬鹿にした様子は無く、本気で俺がどうなっているか探るような顔をしていて、ゴクッと唾を飲んだ。
「今の質問は別に深い意味は無くて…い、今はファン…みたいな」
「へぇ。…なら、今は誰が好き?」
「…は?…あ、うわ」
目を細めた仁に動揺し、手の近くにあった蜂蜜を左手人差し指に付けてしまった。
誰も好きじゃないと誤魔化すことだって出来るはずなのに緊張で強張る。とりあえず蜂蜜の付いた指を洗おうと思い、水道に手を伸ばした瞬間に仁が手首を掴んできた。
一体何をするんだと想像がつかないまま、仁は掴んだ手首を口元に持っていくと、人差し指に付いた蜂蜜を舐めてきた。
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