5:ビターハニーダウト

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指先についた蜂蜜は仁の舌で這うように掬い取られ、俺が抵抗しないのをいいように残っていた蜂蜜をもう一度指先まで舐めた。 キッチンには仁のスマホから流れるお洒落な音楽が流れていたが、その音楽すら仁に空気を持っていかれるみたいに遠くへ消えていく。 人の舌の感覚を不意打ちに味わうなんて思いもしなかった。 「…ぁ…っ」 驚きすぎて動かなかった身体は指先から感じたことのないピリッとした感覚で、口から小さな吐息のような声が出てしまった。 仁の視線がゆっくりと俺に向けられた時にはもう遅いと分かっているが、急いで口元を掴まれていない手で隠すように押さえた。 やっと我に返った時に掴まれた手から指先がブワッと熱くなり、感じてはいけないものを感じた気がして仁から手を奪うように引っ張った。 「っ…っ馬鹿!何を舐めっ…いま手を洗おうとしてただろ!」 その行為をかき消すように急いで水場に手を伸ばして洗い流した。 お、俺は何て声出してんだよ…!しかも抵抗することも出来なかった…。 「蜂蜜垂れそうだったし、何か美味しそうだったし?」 「美味しそうって…わざわざ俺の指先についた蜂蜜を舐めなくていいだろ」 「だって、その蜂蜜の方が美味しそうだったんだもん」 まるで子供のように首を傾げる姿とは裏腹に自分の唇に少しついた蜂蜜を舐め上げる姿にドキッと心臓が高鳴った。 だもん、じゃないし、俺も俺でドキッじゃないんだよ。もうその可愛いさには騙されないからな。 目線を洗っている手に移した後、仁から顔を背けてパンケーキに蜂蜜を垂らした。 「…それで、シナモンはどのくらい?」 「入れ過ぎじゃね?ってくらいが美味しいんだよね。大和もやってみなよ」 「後で試してみる。…俺、ちょっとトイレ」 さっきの行為に動揺すら見えないくらいニコニコしている仁がテーブルに皿を持っていったのを見計らい、トイレに逃げるように移動した。 仁は平気そうだ。友達同士でそんな事するのか?分からない。分かりたく無いが…手がまだ熱い。 熱い指先に身体がブルッと震えた。仁に触られただけでこうなっている自分が嫌だ。それを隠すように指先をぎゅっと握り込んだ。 *** 焦るようにトイレに走り去っていった大和の背中をジッと去っていくのを見つめる。そして椅子に深く腰掛けて溜息を吐いた。 指先を舐めた大和の顔と小さく漏れた声が脳内で繰り返される。 まさかあんな姿を見せてくれるなんて。頬を赤くして少し緩んで開いた口を塞ぎたくなった。 次にあんな顔と声を俺の前で出したら指だけじゃ済まないだろうなぁ。 無理矢理襲うなんて選択をしたいわけじゃない。むしろ無理矢理でしか手に入らないなんて、俺の中では負けに等しい。 けど意識してるのバレバレなのに無視は良くないんじゃねーの?たまにチラつかせる臣の存在に嫉妬心を芽生えさせたのは大和の所為だよ。 …って、身勝手なこと思ったけど俺が余裕が無いだけか。 そんな無理矢理な言い訳を並べて落ち着かせようとしている自分に呆れ、鼻で笑ってしまった。 ***** あれから仁との他愛のない会話と朝ご飯を無事済ませて大学へ向かう事ができた。仁は大学は無いが夜はバイトがあるし、以前撮影したモデルの件で事務所を行ったり来たりしていて、仕事は順調らしい。 正直な話、仁と居るのは心臓に悪いけど楽しいっちゃ楽しい。今まで一人暮らしをしてきた分賑やかになって、独り言から何かしら話しかけると答えが返ってくる生活だ。 …楽しいけど、俺が余計な感情を持ち出している所為で変に顔を逸らしたり避けてしまう。俺がこんな気持ちにならなければ、もっと楽に過ごせたのかもしれない。 今日は俺もバイトだけど俺の方が先に帰れる。仁は夜ご飯はいらないと言っていたし、そんなに気にしなくて良さそうだ。…あー、こんな事を思っている時点でおかしいって話だよ。 仁も普通な顔してるし。多分あれがアイツの普通なんだよな。そんな普通に翻弄されるなんてどうなんだよ。とにかく、ずっと仁の部屋にお世話になるなんてあり得ない話だし、いつか俺の部屋の水道も直るんだ。それだけが唯一の救いかな。 「あれ?大和じゃん」 講義の時間より早く着いてしまい、自販機の横で座っていると、聞き覚えのある声に振り返った。 「菫と…えっと、美夕ちゃん」 「美夕でいいよ。あれからどーよ、仁との同居生活」 廊下から移動中の菫と美夕が此方へ向かってきて、美夕は楽しそうに笑みを浮かべて前のめりで聞いてきた。 「あー、まぁ、楽しいよ」 「男同士の生活って想像出来なーい。仁の部屋って意外と綺麗だったけど、あの人料理出来ないっしょ?」 「そうなんだよな。仁と一緒にしてる。俺も料理出来ないから料理の時は他の人に見せられないくらい悲惨だぞ。だから簡単なのでしか作らないけど…」 「「怖っ、火事になってそう」」 菫と美夕は同時に言葉が被るくらい嫌そうな顔をして見合わせていた。 「けどさ、仁の話って本当かな?前に気になる子はいないって言ってたけど、万年女好きのチャラ男がいないなんてあるの?」 菫が怪しげに眉を潜めて考え始めていて、思わず同意するように菫の意見にうんうんと頷く。すると、美夕が何かを思い出したように目を吊り上げた。 「あっ!いや、まって。居る!思い出したー!仁の最古の女!」 「「…最古の女?」」 次は俺と菫がポカンとした顔付きのまま声を揃えた。
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