5:ビターハニーダウト

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美夕は声揃えた俺らをキッと睨んで前のめりになった。その最古の女という人物を思い出して頰を膨らませているみたいだ。 「高校の時から仁と長い付き合いの女!私が知っている限りあの女が仁が一番古くからの女だよ。悔しいくらいめっちゃ可愛いの〜」 すぐに仁と仲の良さそうだった“ヒナちゃん”と呼んでいた女の人を思い出した。前に女装して仁とたまたま会った後に現れたあの美女の事だ。 「もしかして仁がヒナちゃんって呼んでる人?」 「あっ、そうそう!日向子って子!やっぱ大和君も知ってるんだ。仁と関わっている人皆その子の事を知ってるんじゃないかってくらい仁と一緒に居るのよね〜」 「んん?でも仁君はその日向子ちゃんって子と付き合ってはないんだよね?」 「付き合ってはないけど友達みたいな感じで一緒なの。私が聞いた話だと高校の時一時期付き合ってて、よく分かんないけど別れちゃったんだって」 「へぇ、仁君とその子は別れた後も親交があるんだね」 「仁と別れた女で長い付き合いなのもあの子だけじゃないかな。仁はあぁ見えて付き合っている相手には真剣で浮気する感じもなさそうだし、友達としての立ち位置に戻るとその彼女の事に嫉妬しちゃう子が多いとか聞いた事があるけど。付き合っている時はとことん愛する人だからね~」 自分の過去を振り返るように美夕は考え込んでいる。菫と美夕の会話のやりとりに少し眉を潜めながら前の記憶を辿った。 確かに日向子ちゃんと一緒にいる仁は気が緩んでいるっていうか気楽そうだった。菫も前にあんな事があっても気まずくなる事はなかったと言っていたから居心地が悪いわけではないと思うけど……仁は真剣に向き合っているのに何で別れてしまうんだ?いくらチャラ男でも何だかかんだ良い奴だし愛してくれていると美夕も言っている。 「何で仁と別れたんだ?」 「あー…あはは、わ、私の浮気~?今の彼氏浮気相手…みたいな?」 「何度聞いても最低」 勢いを落として苦笑いしている美夕を横目で睨む菫。そんな二人を強張った顔で見比べてしまった。 美夕も意外とやらかすな…仁よりも超えるイケメンなのか?だとしても浮気は良くない。仁はどういう反応だったんだろう。いや、流石にアイツも人間だ。傷つくに決まっている。 「私も若気の至りというか、そもそも仁と付き合えると思って無かったし?ま、まぁ、ほら、結果オーライじゃない!?仁でもあんな子が最終的にはくっつくでしょ!一緒に居る時間は長そうだし、少女漫画っぽいじゃん!?長年の恋が成熟~みたいな……」 「話逸らしてるけど、結果オーライかどうかは仁君が決める事だし、それを美夕が言っちゃダメなことだからね」 「嘘です、反省してます。二度としません。ごめんなさい」 「私じゃなくて仁君に何度も謝りなさいよ」 美夕は焦りながら話を逸らすように日向子ちゃんの事を引き出してきたが、あの菫がこういう事を許す人間じゃないからこそ言っている事には共感だ。 けど、二人の会話が一瞬だけ遠くなった気がした。胸の奥にじわりじわりと募っていく黒いモヤモヤとした感情。 …あぁ、くそ、嫉妬するな。違う、嫉妬じゃない。分かっていた事だろ。仁と日向子ちゃんの未来を想像しちゃダメだ。 いつか仁との距離も遠くなって、この交換条件も忘れるくらいになるのだろうか。そりゃそうだ、女が好きなんだよ。実際に周りが見てもくっつく候補はいる。 仁から離れたいとか一緒に居たいとか、選択肢すらないということを改めて突き付けられた気がした。 「珍しい三人だな。何してんの?」 背後から聞こえた声に肩がピョンと跳ねて振り返ると、この場を通り過ぎようとしていた臣の姿だった。突然現れた臣の姿に相変わらず手汗がジワリと滲むが、ふわりと軽く香る柑橘系の匂いが心地良いのも変わらなかった。 「あ、丁度良い所にきたー。今ね、仁の話をしてたの。仁って意外と一途だよねって」 「何だ急に。確かにアイツは好きになったら一直線な気がする。そんなの異性の方が見て気付くんじゃないか?」 突然の美夕の問い掛けに臣は怪訝な表情をするが、迷いなく答えた。 「いや、友達から見えるところもあるじゃん?他になにかある?」 「なにかって…あー、後は一直線だからこそ意外と嫉妬深いんだよな」 「えっ!そうなんだ!?」 「え?気付かなかったか?仁の性格上軽く見えるけど、意外とね」 美夕は目を丸くして、「えー嫉妬されなかったな〜」と、変にモヤモヤした様子だった。 「チャラチャラしてそうな奴の嫉妬こそ面倒臭そうだろ。あ、これ仁の欠点だな」 臣はそう言いながらも少し悪戯っぽく無邪気に笑った。
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