6:落とし堕とされ

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6:落とし堕とされ

「落間君、おはよう」 「おはようございます」 おはようと挨拶するのは朝じゃなくても昼じゃなくても夜じゃなくても、その日初めて会えばおはようと言う。此処でのルールだ。 黒のパンツとブランドとコラボした白基調のスッキリとしたスニーカー、大きめなシルエットのデニムタイプのジャケットの下は白シャツを着用、シルバー調の腕時計といつも着けている輪っかのシルバーピアスを含め全て自分が働いている『alla moda(アラモーダ)』というメンズ服専門店のものだ。 今日はメンズファッション雑誌『Rise(ライズ)』のモデル担当の金子さんとRise編集部の又喜(またよし)さんが会って話がしたいという事でわざわざお店まで来ていた。 alla modaは日本全国に店舗を持つほど大きなショップで、雑誌Riseの表紙を飾る程常連だ。既に雑誌に載って経過していて、次はもう秋冬に向かう頃だというのにまだ引きづっているような口ぶりだった事を思い出した。 「落間君久し振りだね。髪色明るくなると雰囲気変わるね~。ずっと茶髪にするの?」 「茶髪に慣れちゃって。…金子さんも髪切りました?どっちも似合ってたけど個人的には今の方が好きです」 「やだ、もう落間君ったら!上手いんだからー!」 「いてて」 キャリアウーマンという言葉が似合いそうな金子さんは顔を赤らめて腕をバシッと強く叩いてきた。焦げ茶色で長髪だった金子さんは肩くらいに髪を切っていたが、昔よりも今が良いというのは本音だ。 「落間君は相変わらずモテそうだな〜。彼女とか居るの?」 「残念ながらフリーです」 又喜さんはそう言いながらニヤニヤと見定めるように見てきた。仕事で来る時はalla modaのブランドの服を着てくれて、金子さんと同様仕事が出来る人だ。 「本当か?良い男なのに。好きな子くらいは居るだろ?」 「そうですね、絶賛闘い中です。早く俺の虜にならないかなと頑張ってます」 「やるねー、落間君なら直ぐ手に入れそうだな~。そんな落間君に更に良い報告があって、それの相談をしに来たんだよ」 「良い報告?」 又喜さんは直ぐに顔色を仕事モードに切り替わると、金子さんが持っていた資料をテーブルに広げた。 「今度の冬からRiseのalla modaの服紹介のモデルを落間君を選びたいって要望があって、それの相談に来たんだ」 「…それは今休養している浅野君と俺も一緒に出来るんですか?」 「そうそう。二人くらいモデルが必要なんだけど、もう一人は落間君が良いんだって。前の雑誌出た時の売上聞いているだろ?」 「はい。聞いてます」 当時出た時に着用していた服の問い合わせが多く、上下着用していた服がalla modaで売上が一位と二位になったと聞いていた。 「落間君が良ければだけど。……数年前にもモデル依頼があったんだろ?今回が初めてじゃなくて断ったって聞いてたから気になってさ」 「……あぁ」 少し苦笑いを浮かべつつ数年前の事を思い出した。 『仁が雑誌に載るの?』 当時付き合っていた彼女は喜んでくれると思っていた。けど反応は全然違っていて、寂しくて悲しそうに一変した顔を今でも覚えている。 『……俺が雑誌出るの嫌?』 『ごめん…私、仁が他の人に見られてこれ以上人気になるの嫌だ。どうにかならない?』 正直、自分の好きな人が嫉妬をしてくれるのは愛されていると解釈してしまう人間だから嬉しい。それでも最後には、嫌だけど仕方ない、仁のやりたい事なら頑張って。なんて、その言葉が欲しかった。結局、彼女は背中を押す事はなかった。 間が空くくらい停止してしまっていると、又喜さんは怪訝そうに顔を覗き込んだ。 「…落間君?ごめん、やっぱり嫌だったか?」 「いえ、そんな事ないです。あの時は…自信が無かったんです。今はとても光栄です。俺で良ければお願いします」 そう言うと二人は安堵したような笑顔を浮かべていて、そんな二人に釣られるように笑みを浮かべた。 その時に脳裏によぎったのは大和の言葉。 『…今日は仁にとって大事な日だろ。そんな一面あるんだって事知らなかったから、ちょっとでも仁のペース崩したくないし、好きなことを全力で頑張ってほしい』 大和が撮影にピアスを持ってきてくれて言ってくれた事が、どれだけ嬉しかったかなんて知らないんだろうな。 いつからこんなに大和が欲しいと思ってしまったんだろう。俺が男相手にこんな気持ちが生まれるとは思わなかった。 男だからとか女だからとか、今更思い知らされる。俺は大和が欲しい。以前の自分は何処に行ってしまったんだろうと思うほど大和に惹かれて目線がいく自分がいる。自分の性格を痛いほど理解しているからこそ、自覚してしまえば目の前に居る欲しいものから逃げようとも逃がそうとも思わない。 ごめんね、大和。大和自身を俺が知ってしまったのが最後だったな。…あーあ。早く俺の所にきてくれないかな。
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