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「……ただいま」
「おかえり〜」
家に着いてドアを開けると、仁がキッチンからひょこっと顔を出し、満面の笑みを向けてきた。そしてキッチンからふわりと美味しそうな香ばしい匂いがした。
寂しいと言っていた仁は分かりやすいほど嬉しそうにしていて、こっちが照れてしまうくらいの様子に目を逸らしながらスペアキーを玄関横に置いた。
俺だって、ただいまとおかえりを家族以外に言うのが慣れないんだよ。
手洗いうがいをしてリビングへ向かうと、タイミング良くテーブルにハンバーグが乗った皿を並べてくれていた。
「大和はこっち座ってね」
ハンバーグは美味しそうに焼かれているし、ポテトとブロッコリーの盛り合わせもしっかりしていて、お店のような出来栄えに目を丸くした。
「凄いな。何か料理のクオリティ上がってない?」
「だろ?必死に調べて頑張った」
「おい、成長するなよ!やめてくれ、俺を置いてかないで」
「やだ。お先に失礼しまーす。でもこれを毎日は無理だわー。毎日してる人ってすげぇよな」
本当に大変だったのか参ったように肩を竦めていて、賛同するように首を縦に振った。
「何かごめんな、俺も今度作るから。……こんなには出来ないけど」
「俺が作りたくて作ったんだから気にしないで。それに今日バイト休みだったし」
「だからだろ。せっかくの休みなのに申し訳ないし。頑張って作るから、キッチン借りていい?」
「気にし過ぎだって。期間限定なんだから甘えたらいいよ」
ニコッと微笑んで席を立った仁に対してハッとする。
そうか、この状況は期間限定だった。部屋が直れば此処を出るんだ。そう思うと胸の奥でズキッと痛みが走ったことに驚いた。それは紛れもなく寂しさだ。
あやふやな自分の感情から逃げるように目の前にあるハンバーグに目を移した。よく見ると、ハンバーグの方が形も焼き具合も綺麗だった。仁のハンバーグは形が崩れてしまっている。
もしかして俺のは形が綺麗なハンバーグを選んでくれたのか?
一所懸命にハンバーグを作っている仁を想像して先程とは違う胸の高鳴りを感じた。
不覚だ………可愛い。
紅潮したままスマホを取り出してハンバーグの写真を撮ると、写真を撮る音に反応して仁がキッチンから顔を覗かせた。
「写真撮るなんて可愛い事するね」
「可愛くはないだろ。まぁ…ハンバーグ嬉しいし」
「何それ、子供か。やっぱり可愛いことしてる」
仁は無邪気に笑みをこぼしていた。可愛いのはそっちだと言いたい所だ。仁もでもこんな一面が見れるのも今で最後かもしれないな。
気を逸らそうと思ったのに、こんなに寂しい気持ちを引きずると思わなかった。
「どうしたの。寂しくなった?」
すると、キッチンから顔を覗かせてきた仁の心を読まれたような言葉にギクッとした。
「は?な、何が?」
「いや、なんか寂しそうな顔してるなーって」
「……どちらかというと寂しいって言ったのは仁だろ」
先に寂しいと言ったのは仁ではないかと数時間前の連絡を思い出した。自爆するとはこの事だろうと思うくらい顔が嫌なくらいに熱くなったのを感じた。
「はは、そうだな。でも俺は本当に寂しいよ」
仁の返ってきた言葉に心臓の音がどんどん煩くなる。その弱った顔で寂しいって言うの止めろ。
流石、陽キャなチャラ男だ。平気でそういうことを言ってくる。でも俺の思う寂しいと仁の寂しいは違う。それは友達としてだ。だからこれ以上は話を広げるのを止めた方がいい。
「仁、テレビ付けていい?」
「いいよ」
この雰囲気から逃れるようにリモコンを探してテレビを付けた。流石に分かりやすく話を逸らしてしまったかもしれないが、テレビから流れるCMの音で雰囲気が明るくなったから良しとしよう。
「なぁー、大和」
すると、背後からバタンと何かを開閉する音が聞こえた。
「ビール飲むけど、一緒に飲まない?」
「ビール?」
「俺はビール呑むなら白米いらないなー。大和は白米食べる?」
仁は冷蔵庫からビールを取り出していて、俺の返事を聞かずに白米を食べるかどうかだけを聞いてきた。
飲むなんてって言ってないけど、これは拒否権は無いのか?まぁ…飲みたい気分だし、いいか。
「俺も飲むから白米はいらない。明日の朝ご飯に回そう」
「そうだな。つーか、二人で呑むのって久し振りだな」
仁の言葉で最後に呑んだ日はいつだろうと振り返ると、仁が菫に振られて、ヤケになって仁と飲み直して…それから仁が寝ぼけてキスをした日だということを思い出した。
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