7:愛しアイの絶対条件

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♢♢♢♢♢♢♢ 平日の夜だというのにぶつかるほどの人で溢れ返っているミュージッククラブ。弾けて楽しむような人の声、アップテンポの洋楽に乗るように手を上げて踊っている男女、そして煙草と香水と色んな種類の酒の混じった匂い。 そんな中、玲司は黒で艶のあるカウチソファに深々と座り足を組むと、スマホを見て眉を寄せた。 そこには先程まで一緒に居たはずの秋瀬 日向子からの連絡だった。 『用事が出来たからまた今度』とだけ来ていた。クラブ内まで一緒に入ったはずなのに、スマホを見ると、血相を変えて焦ったように何処かへ行ったまま帰ってしまった。 「おーい、玲司。女は?」 「帰った。まぁ金貰ったからいいけど。寧ろ何もしてねぇし、こっちが得したわ」 「え!?まじかよ、どうすんだよこれから~」 玲司の友人、和之は、玲司の横に腰掛けた。そしてポケットから睡眠薬を取り出すと惜しむように見つめた。 「大丈夫だって。…ほら、初心そうな子発見」 玲司はソファから振り返ると、クラブに入ってきたばかりの女二人にターゲットを決める。人の多さに足を止めて周りを見渡す姿は、まだクラブに慣れていない様子だった。 玲司と和之は顔を見合わせて口角を上げると、すぐさま立ち上がって二人の場所へと足を進めた。 「こんばんはー。どうしたの?何か困ってそうだね。クラブ初めて?俺らが色々と教えてあげるよ。一緒に呑もうよ」 玲司は一人の女の子に近寄ると、音楽に負けじと耳元で声を掛けた。和之はもう一人の女の子の横について話掛けていた。 二人は驚いていたが、会話させる隙も与えないように彼女の腰に手を回した。 「っ、あ、あの…」 「大丈夫、怖くないよ。一杯だけ呑んで慣れてきたら他のところ見て回ったらいいよ。お酒持ってくるから。ビール呑める?甘いのがよかった?」 顔を見合わせる二人は、何か言いたげにしていた。だが、一杯だけという言葉に釣られて仕方がなさそうに笑みを浮かべた。 「えぇっと、…じゃ、ビールで」 「ビールも呑みやすいの取ってくるから向こう行こうか。…和之」 玲司は和之に目で合図すると、和之は企むように口角を上げる。そして慣れたようにバーカウンターへと向かった。 二人と一緒にソファに戻ると、まだキョロキョロと周りを物珍しそうに見渡している。 座るように促すと、玲司は煙草に火を付けた。 「まぁ座りなって。二人とも大学生?」 「あ、はい。……ケホッ」 すると、吐いた煙草の煙が一人の顔にかかり、煙たそうに顔を歪めた。 「あぁ、ごめんね?ここじゃ喫煙なんて遠慮なくする場所だし。…それにさ、聞いたことない?煙草の煙を吹きかけるって意味があるんだよ」 笑いかけて煙草を吸う玲司は、わざとらしくもう一度煙草の煙を吹いた。そんな気遣いのない玲司に二人は不安そうに顔を見合わせた。 「あの、私たち…」 「はい、お待たせー!」 「はいはい、一杯だけだから」 和之は四本瓶ビールを持ってくると、順序よく配るが、二人に配ったビール瓶には睡眠薬が入っていると知らずに受け取った。 「じゃ、かんぱーい!」 一杯だけ、これを呑んだら何処かへ移動しよう。二人は会話を交わさずとも同じ気持ちだった。受け取った瓶ビールを四人同時に当てて口元へ含もうとしたときだった。 「だーめ」 二人の背後から男の声と手が伸びてきた。そして二人の口元を飲ませないようにと手で塞いだ。 突然聞こえた見知らぬ声にこの場の全員が二人の背後に目を向けた。そこには茶髪の顔の整った男が不敵に笑って見下ろしていた。 「突然ごめんね。はい、これ俺にちょうだい。俺が新しいの買ってあげるから」 「えっ?」 「は?なんだよ、誰?」 その男は二人から瓶ビールを奪うと、怪しそうに見つめた。玲司と和之は急に現れて重要な物を取ったその男を不審そうに睨みつける。 「牧谷さーん。こっちです」 「あ、居た!仁、急に居なくなるなよー。…で?いいのか?目的の女出て行ったのに、次はなんだ?」 仁は手を上げて呼んだ先に居たのは、インカムを片耳につけたクラブスタッフの牧谷だった。仁と同じアパレルショップの先輩で、月に数回ヘルプでここで働いていた。 そんな牧谷は何がしたいのか読めないまま仁の耳元で呟いた。 『仕事中すみません。今日クラブ出勤ですよね?探してる人が居るんです。この子なんですけど、もしかして来てませんか?』 数分前、牧谷は仁からのメッセージに眉を潜めた。牧谷は接客の仕事をしているからなのか、人の顔を覚えるのが得意だった。飲み物を運んだりクラブ内巡回した時に仁から送られてきた写真に見覚えがあった。 『居るよ。茶髪の男と二人だ』とだけ伝えると、時間の経たないまま仁がクラブに来た。そして目的の女がソファに居ることを確認すると、スマホに何かを入力したのだった。すると女は焦って走って何処かへ行ってしまった。追いかけないのかと思ったらそのままソファに居る男の様子をジッと伺っていたのだ。 「その子には俺が今から家に行くと伝えてるのでわざと出て行って貰いました。早く終わらせたいんですけど、どーしても言いたい事があるんです。まずは本人確認」 仁は奪ったビール瓶を牧谷に渡そうとすると、男が横から乱暴に奪い返そうとした。しかしそれは仁が手を引いた事により不発に終わり、さらに不機嫌になる。 「おい、さっきからなんだよ。勝手にこの子達のビール奪うなよ」 「あなたが玲司さん?」 「は?いや、違うけど。玲司はコイツ」 和之は不審そうなまま横にいる玲司に目線をずらす。 「ビンゴ。へー…俺に似てるかね」 仁は和之に釣られるように玲司に目を向けると、貼り付けたような笑みのまま何処か鋭い目で玲司を見た。 *** 『…仁さん?』 『漸?電話珍しくね?こんな夜にどうしたの』 大和から切った電話の後すぐだった。考える暇もなくスマホの画面には漸からの着信。何も考えられないまま無意識にボタンを押していた。こんなに苦しい気持ちになってもいつも通りの声が出た事が幸いだった。 『簡潔に話すと、大和は俺の家に来てます。…それと、俺が知ってることも話したいんですけど』 電話の向こうから聞こえた漸の声はいつもと違って威勢もない小さな声。そんな漸の言葉で大和がどこにいるか分かった安心感にスマホを少し強く握ってしまう。 『…教えて。絶対無駄にしない』
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