14人が本棚に入れています
本棚に追加
第一話 好き嫌いはいけません
今日の朝食はスクランブルエッグトースト。
オーブンでこんがり焼いた食パンの上に、とろ〜り半熟の卵炒めが乗っかっている。卵にはバターと生クリームも混ぜていて、口にとろける濃厚なコクに、塩加減も絶妙だ。
黒野家の四つ子はちゃぶ台を囲んでふにゃ〜と恍惚の表情を浮かべる。
庶民的な家庭料理も、長男のベリーの手にかかれば高級ホテルの朝食へ一丁上がり。
今もエプロン姿でリビング内を慌ただしそうに歩き回っている。
「ラム! 少しでもいいからご飯食べていきなさい!」
「今日は朝一番に旧校舎の理科室使うから………」
「じゃあパンだけでも咥えていきなさい!」
「少女漫画みたい…………はむっ」
「ベリー兄〜! 俺のジャージどこぉ〜!?」
「ソファに置いてます! お兄ちゃんの分も持っていってあげなさい!」
「あ〜い! フウちゃんジャージあった〜!」
「おい、俺のアームカバーどこいった」
「シワがついてたんで昨日の夜にアイロンかけておいたんですよ。ほら、ここに。………あっ、バニラ! 腕章忘れてますよ!」
「お兄ちゃ〜ん、新しいクレジットカードの番号教えて〜」
「ええっと、六………ってミントッ!! 僕のカードで勝手に買い物するんじゃありませぇんッ!! あー危なかったっ」
長男こと我が家の母は今日も母性に溢れているなぁ、と呑気にトーストに食らいついていると、素早い足音はこちらに迫り来た。
「アイスケ!! サラダ食べてないじゃないですか!!」
「ちっ………バレたか」
こっそり冷蔵庫の奥に封印したはずなのに。
「好き嫌いはいけませんっ!」
どんっ! と緑の山の小皿を目の前に置かれた。
「うっ」
見るだけで、もう口が苦々しく歪んでしまう。
アイスケは目をウルウルさせ、ちょこんと人差し指を唇に当て、ピンクパンダのジャージを捲って胸元のつるぺた素肌をチラリ。
「にいたん………たべたくないよぉ………」
「ぶりっこしてもダメですっ! 野菜は食生活の中でも必要不可欠ですから!!」
厄介にも、自慢のぶりっこも兄弟にはある程度の耐性がついてるのだ。
隣で鼻血を噴き出した四つ子の中のブラコン兄、ユウキを除いて。
「う〜っ、ただでさえ苦いのに生野菜とか罰ゲームじゃん! 修行僧じゃん!」
「誰でも食べますっ! ドレッシングかけてるでしょ!」
「餃子味のドレッシングじゃなきゃやだ」
「そんなもの存在しません! ほらっ、ワガママ言ってないで食べるっ! ディアボロスの名が泣きますよ!」
「それ決めゼリフにすんのやめようぜ!? 俺人界育ちだしっ!」
結局ベリーの押しに負けて、アイスケはしぶしぶ千切れたレタスを口に入れた。
苦い。胡麻のドレッシングの甘味に包まれても、すぐに独特な苦味と渋味が口の中で殴り合う。
「はい、いい子ですね〜」
にっこりと満悦そうに微笑む我が家の母にちゅ、とキスをされ、アイスケは飴と鞭を食らった何ともむず痒い気持ちになった。
最初のコメントを投稿しよう!