05.初夜に

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05.初夜に

 翌日は、いつもより少し早くに仕事が終わった。  夜道ではディートフリートが手を繋いでくれて、ユリアーナの心は心地よい風と共にさわさわと揺れている。  そんな中、月を仰いだディートフリートの口から、王となった者の名前が出てきた。 「フローは頑張ってくれているかな」  フローリアンは、ユリアーナが王都を離れてから身籠った王妃の子だ。会ったことはもちろんない。新聞でツェツィーリアという婚約者がいることは知っているが。 「フローリアン様は、どういう方なのですか?」 「かわいい子だよ。何にでも一生懸命で明るくて……ちょっとブラコンだけどね」  そう言いながら照れ笑いするディートフリートがとてもかわいい。きっと、溺愛していたに違いないだろう。 「ディーに弟が生まれていてよかった……」 「そうだね。まぁ、無理を言って母上たちにお願いしたんだけど」 「まぁ、そうなんですか?」 「そうじゃなきゃ、僕はここに来られなかったさ」  ディートフリートはユリアーナと一緒になるために、できることを全てやってきたのだろう。 「もし生まれたのが女の子だったら、どうしたんですか?」  ハウアドル王国では女性の地位は低く、王位継承権など与えられていない。  そうなったら、もう一人子どもを妊娠するようにお願いしたのだろうか。王妃の年齢を考えると、そう何人も産めないはずだが。 「もし生まれたのが女の子だったら、男女関係なく王位を継承できるようにするつもりだったよ」 「それは……かなり難しいのでは?」  男性優位のこの国で、女性が王位継承権を得るというのは大変なことだ。  ディートフリートはその下準備なのか、一般の女性の地位向上の政策も行なっていたが、こちらはうまくいかなかったのか頓挫してしまっている。 「厳しいね。特に貴族の大反対にあった。無理に政策を推し進めようとすると、暴動すら起こりかねない状況だったよ」 「それでその政策は中途半端になってしまったんですね」 「ああ。でもあの頃の政策がきっかけで、王都では女性の地位向上が叫ばれるようになってきた。今は時流が追いついていないが、フローが三十を迎える頃には政策もスムーズに進むようになるだろう」  現在の王フローリアンは、二十二歳だ。  つまり、男が生まれていなかった場合、女性の王位継承権が認められるのは今から八年後になってしまったかもしれないということ。  そうすると、ディートフリートが王族を離脱できる頃には、ユリアーナは四十八歳だったということになる。 「生まれたのが男の子で、本当によかった……」 「そうだね。これ以上待たされたら、僕は限界だったから」 「え?」  聞き返した瞬間、ディートフリートの唇が降りてきた。そのままあっという間にユリアーナの唇と重なり合い、ゆるやかな口付けが繰り返される。 「ディ、ディー……」 「今日は……いいね」  断定されるように言われて、ユリアーナはこくりと頷いてみせた。  暗くて良かった。きっと顔は真っ赤になっていることだろう。  月明かりに照らされたディートフリートは嬉しそうに微笑んで、またユリアーナの手を握って家路に着いた。  寝室の扉を開けるディートフリートの後ろを、ユリアーナもついていく。  昨日以上に心臓が爆発しそうになり、わずかに足が震えた。 「大丈夫かい」 「もう、頭が真っ白になって倒れそうです」 「倒れないでくれよ。これ以上のお預けは困る」 「昨日は、ディーの方が先に寝てしまったんですよ」  少し頬を膨らませてみせると、ディートフリートはバツが悪そうに苦笑いした。そんな姿もかわいくてドキドキしてしまうから、困る。 「あはは、お預けをしてしまったのは僕の方だったな」 「もう、本当です」 「そんなにしたかった?」  ニッと嬉しそうに笑うディートフリート。そんな顔を見せられると、カッと耳が熱くなった。 「も、もう……っ! ディーったら、意地悪ですっ」 「ユリア、かわいい」 「私は四十路ですよ?」 「関係ないよ。ユリアはいくつになっても、本当にかわいい」 「ディーの方が……」  二十三年前のディートフリートも素敵だったが、今の彼は男の色気が溢れ過ぎている。  ふっと笑うように目を細められて、頬に手を当てられた。手の温もりを感じてしまっては、今にも息が止まってしまいそうだ。 「そ、それ以上は……もう心臓が持ちません……」 「緊張してる?」 「当たり前ですっ」 「僕も緊張しているよ」 「本当ですか?」 「本当」  そっと抱き寄せられると目元に唇を落とされた。  ディートフリートの息が肌に当たる。大きな手がユリアーナの背に流されて、抱き寄せられる。 「あ……っ」  驚くほどスマートに押し倒されて、ベッドの上からディートフリートを見上げた。 「愛しているよ、ユリアーナ。君が、欲しい」  真剣なその瞳に吸い込まれそうになる。求めてくれていることが、こんなにも嬉しい。 「ディー……私も、あなたが欲しい……」  耳が燃えるくらいに熱くなった。自分の気持ちを伝えるというのは、こんなにも恥ずかしいものなのかと。  けれども、きちんと伝えられたことが誇らしくもあった。 「嬉しいよ、ユリア……」  ディートフリートの揺れる瞳。そういえば、彼は意外に涙もろい人だったことを思い出すと、愛おしさが溢れてくる。 「大好きです……十歳の頃からずっと……今も、そしてこれからも」 「僕もだよ。なにがあっても一緒にいよう。幸せに、生きていこう」  ぽたり、とディートフリートの涙が落ちてくる。ユリアーナもまた、熱いものが目から流れた。  ディートフリートの影がユリアーナの顔を覆い、お互いの唇を重ね合わせる。  満ち足りる、という言葉はこんな時に使うのがふさわしいのだなと思いながら、ユリアーナはディートフリートの全てを受け入れていた。
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