06.結婚式

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06.結婚式

 眠りから覚めると、目の前にはディートフリートの顔があった。  ぎゅっと抱きしめられたままの素肌は密着していて、彼の体温が伝わってくる。  くうくう寝息を立てているディートフリートの顔を見ていると、ユリアーナの口角は自然と上がっていった。 「ふふ……っ」  漏れてしまう笑い声。昨夜のことを思い出すと、嬉しいような照れ臭いような、不思議な感情が体内を駆け巡る。  ユリアーナはたまらなくなって、こつんとディートフリートにおでこを当てた。 「おはようございます、ディー」  その声で、ディートフリートを夢の世界から戻してあげられたらしい。彼は目を半分開けると、ほやりと天使にくすぐられたように笑った。 「ん……ユリア……おはよう」  まだ寝ぼけ顔のディートフリートがたまらなくかわいい。  くすくすと笑っていると、彼はじょじょに目が覚めてきたようだ。 「残念。またユリアの寝顔を見損ねたな」 「ふふ。私はたっぷり見させてもらいました」 「ずるい」 「ん」  ディートフリートは仕返しとばかりにユリアーナの唇を奪っていく。朝から深いキスを施され、脳内は溶けるように熱くなる。 「っ、はぁ、ディー……」 「昨日は最高だったよ。ユリアの知らない顔をたくさん見られた」 「や、やだ、忘れてください……恥ずかしいですからっ」 「じゃあ、今晩も見せてくれるかい?」  ずるいのはディートフリートの方だ。  とろけるような笑顔で言われたら、イエスとしか言えないではないか。 「私だってディーの顔を、胸に焼き付けますよ?」 「あはは。いいよ、光栄だ」  にこにこ顔で喜んでいるディートフリート。恥ずかしがっている様子がないのが、どこか悔しくて口を尖らせた。 「じゃあ、今晩の約束」  ディートフリートに頭を抱えられるようにして、ユリアーナはまた唇を奪われてしまう。  そうしてユリアーナは、この日も次の日もそのまた次の日も。ずっとずっと、ディートフリートの愛を一身に受け続けるのだった。  ***  ディートフリートがエルベスの町に来て三ヶ月が過ぎた。  ユリアーナは姿見を前に、そっと胸を押さえる。  純白のドレスに身を包んだ己の姿に、胸を高鳴らせるのはおかしなことだろうか。  齢十の頃から、ずっと夢見続けてきた姿。  もちろんここは王都ではないし、結婚式のパレードなんかもない。小さな町の、小さな結婚式。  十代の頃に思い描いていたものとかけ離れてはいたが、愛する者と結婚できるという幸せをユリアーナは噛み締めた。 「時間だよ、ユリア!」  コトリ亭の女将、ケーテが呼びに来てくれる。  着付けをしてくれた女性に礼を言って、ユリアは教会の控室をあとにした。 「ユリア」  部屋を出ると、タキシード姿のディートフリートが笑顔でユリアーナを迎えてくれる。  ずっと王として振舞ってきた彼のその服の着こなし、そして立ち居振る舞いは、くらりと気を失いそうになるほど、さまになっていて男らしい。 「すごく……すごく綺麗だ。ユリアーナ」  ユリアーナがディートフリートを見ていたのと同じように、ユリアーナも愛する人にくまなく見られている。嬉しくはあるが、熱い視線を浴びて、心の中はどこか落ち着かない。 「じっと見られると恥ずかしいです……こんなドレスが似合う年ではないですし……」 「似合っているよ。ユリアーナの気品がそうさせるんだ」 「そんな、私などよりディーの方がよっぽど……」 「二人とも、それくらいにしとかねーと、みんな待ちくたびれてますって!」  ディートフリートの元護衛騎士である赤髪のルーゼンが、ユリアーナたちを見て楽しそうに笑っている。  兄のような存在のルーゼンに言われたディートフリートが照れ臭そうに笑っていて、ユリアーナも思わず微笑んだ。 「じゃあユリアにディート、扉の前に立って!」  ケーテに促されて、教会の扉の前に立つ。スマートに上げられたディートフリートの肘に、ユリアーナは手を流した。  そうしてディートフリートを見上げると、彼もユリアーナに向いていて視線が交わる。 「行こうか、ユリア」 「はい」  パイプオルガンの高鳴りに合わせて、扉が開かれた。  小さな教会内は幾人もの町人で埋め尽くされていて、音楽と共に迎えてくれる。  その狭いバージンロードを、ユリアーナたちはゆっくりと進んだ。  神父の前まで来ると、婚姻の誓約書にサインを交わし、事前に用意してくれていた指輪の交換がなされる。  左手の薬指に、なんの飾りもないシンプルなリング。  ディートフリートがこの三ヶ月間働いて、自分で稼いだお金で買った物だ。生活もあったし、高価と呼べる物ではないかもしれない。  それでもこのリングを薬指につけてもらった時、ユリアーナの涙は溢れそうになった。 「それでは、誓いの言葉を」  神父に促され、まずはディートフリートがよく通る声を上げた。 「ディートフリートはユリアーナを妻とし、病めるときも健やかなるときも時を共にし、この命ある限り愛し続けることを誓います」  ディートフリートが滞りなく定型文を述べ、今度はユリアーナが誓いの言葉を声に出す。 「ユリアーナはディートフリートを夫とし……」  そこまで言うと、鼻がツンと痛みを持った。  凛と告げるつもりだったのに、万感の想いが募りすぎたのか、言葉がうまく出てこない。 「ユリア……」  心配そうなディートフリートを見上げると、情けないことに涙がころんと転がってしまった。  色々あった。ここまで、本当に色々と。  ディートフリートはきっと、それ以上に色んなことがあったに違いない。待つしかできなかったユリアーナとは違う、たくさんの苦労が。  それでも困難に打ち勝って頑張ってくれたディートフリートのことが、心から愛しい。 「ディー……私は、あなたが大好きです。なにがあっても、もう二度と離れたくありません。不惑の私を娶ってくれてありがとう……これから私がおばあちゃんになっても、ずっとずっと一緒にいてください。ディー、愛しています……」  勝手に溢れ出てくる言葉は全部本心で。  ユリアーナの言葉を聞いたディートフリートは、目を潤ませながら微笑んでくれる。 「わかっているよ、ユリア。今の君は本当に素敵だけど、不惑を過ぎた君はもっと素敵になっている。だから僕は君に夢中になるんだ。いくつになっても」  そう言うとディートフリートはユリアーナのヴェールをそっと後ろへと流した。 「愛しているよ。ずっと一緒にいよう。幸せになろう。それは、僕の願いでもあるんだから」 「ディー……!」  神父が誓いのキスを、という前に、ディートフリートに唇を奪われた。  教会内がわっと盛り上がり、祝福の声がいつまでも響く。  ユリアーナとディートフリートは、その歓声の中で、もう一度キスを交わしたのだった。
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