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「ハルってば」
「水音うるさい」
ハルは足を止めない。
「ハル待って。中庭を出てどこに行くつもりなの」
このままだと中庭から建物の中に入ってしまう。
「そこのドアから向こうはホテルの建物だよ。人がいーっぱいいるんだよ。こんな格好はおかしいから。ねえ、どう考えてもおかしいから」
下ろして、止まって、と言ってもハルの足は止まらない。
抵抗してじたばたと動こうかと思うけど、背の高いハルに抱かれて歩いているこの状態は正直怖い。
「怖かったらしっかりつかまれば?」
やだ。それはそれで悔しい。
「ま、いいけど。俺が水音を落とすわけ無いし」
私を抱いて中庭から屋内に通じるドアに向かってすたすたと迷い無く歩いていくハルに焦りが募る。
あのドアの向こう側にはホテルの宿泊客だけでなく、レストランの利用客、隣接したショッピングセンターを利用する人がいるはずだ。
「水音が悪いんだぞ。お前が暴れるから着物の裾が乱れたんだし、お前は俺に対して禁句を言うから。元々は穏便に話をする予定だったのに」
「何勝手なこと言ってんのよ。いきなり現れたくせに。私も帰るから下ろしてよ」
「お前、今自分の着物の裾がどんなことになっているのかわかっていってる?」
着物の裾?
言われて見ると、うわあー、ホントだ。何てこと、暴れたせいで乱れてる。
「それに、人目を気にするのももう遅い」
遅い?
顔を上げると、ハルがにやりとした。
「俺たちのキスシーンはとっくに多くの人にお披露目されてる。特にガーデンカフェの皆さんにな」
くいと顎で示された方向に目をやり、状況を判断した途端に顔から火が吹き出した。
さっきまで私たちがいた辺りの後方部分、ビオトープを挟んだ向こう側。
オリーブやミモザ、モッコウバラののアーチやトピアリーに囲まれて見えにくかったけれど、ウッドデッキのオープンカフェスペースになっていた。
遊歩道に近いテーブルにいた皆さんは揃って興味深げにこちらを向いていらしゃる。
そこからは木々の向こうとこっちで離れているから話し声は聞こえなかっただろうけど、しっかり見えていただろうハルと私のアレやコレ。
女性グループはハルのイケメン顔にうっとりしているけれど、たまたま結婚式の参列のために居合わせただろう礼服の年配の男性は顔をしかめているし、若い男性たちは口笛を吹いたりしているしで…。
「ほら、恥ずかしかったら顔を伏せとけ。で、しっかり掴まってろ。とりあえずここから撤退するぞ」
「うん…」
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