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「着替えたら出てきて。俺は廊下で待ってるから」
私の視線を避けるように出ていこうとする。
「ちょっと待って。何それ」
いや、納得できないでしょ。
「ハル」
大声を出してもハルは黙って部屋を出ていってしまった。
なんなのよ。
下ろされたベッドに座ったまま腕を組んで考える。
一体どういうこと。
まず、ここにハルがいる理由がわからない。
そしてここに連れてこられた理由も私の着替えがある理由も、キスされた理由もわからない。
わかっているのは、
さっき禁句を言ってハルの機嫌を損ねたことくらいだ。
さっき言ってしまった「はげっ!」これだ。
ハルに対してのNGワードは”はげ”だった。
彼の身内の中に髪のさみしい人がいるらしい。
私の知っているハルのお父さんはふさふさしているからそんなに心配いらないんじゃないかと思うけど。
相変わらずハルが不安に感じていたのだとしたら悪かった。
「冗談でも俺に”はげ”と言うなよ」
ハルが私にそう言ったのはもう10年以上も前の話だ。
どうやら現在進行形でまだ禁句だったらしい。
さっき見た感じではちっともさみしくなっていなかったけど。
それに例えハルの髪がさみしくなってしまったとしてもハルはハルのままきっとイケメンだと思うのは私だけじゃないだろう。
改めて部屋の中を見回してみると、私の着替えの他に壁際に大きなスーツケースが鎮座しているのを発見した。
これはハルのなんだろうか。
部屋は使用されていた形跡がなく、ベッドのシーツにはシワがない。デスクの上のファイルもテレビのリモコンも清掃したばかりのままできっちりと置かれている。ティッシュも三角に折られたままだし。
ハルの実家はここから近いし、まさか私の着替えのために借りた部屋ってわけは無いと思うけど。
考え込んでいると、ノックの音がした。
無視しているともう一度ノックの音がして「入るぞ」とハルが部屋に戻ってきた。
「物音ひとつしないからおかしいと思ったけど、やっぱり着替えてなかったのか」
呆れたようにわざとらしく大きなため息をついて私を見つめてくる。
「裾を直すだけで済むからわざわざ着替える必要無いと思うけど。ここに着替えがあるのも怪しいし」
腕組みをして睨み付けると、ハッとばかにしたように嗤われる。
「振袖なんだぞ、そんなに乱れてて本気で自分で直せると思ってんのか」
「な、直せるわよ、たぶん?」
そうだった。
帯が緩んでしまったら絶対に締め直せない。
「べ、別にこのホテルの下の方の階にある結婚式場の更衣室に連れてってくれたらいいじゃない。あそこなら着付けが出きるスタッフさんがいるでしょう。頼めばやってくれるわよ。それにもう帰るだけなんだからタクシーにとび乗るって手も…」
「うるさいな、いいから早く着替えろよ。そんなもん早く脱いでしまえ」
はー?
「なによ、うるさいって」
なんでハルに指図されなきゃいけないんだ。
私は幼い子どもじゃない。
思いきり睨み付けてふんっと顔を背けた。
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