2 言うべきか、言わざるべきか

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 水瀬と昨日の売上やら新発売のサンプルやら業務的な会話をしながら、ちょうど来たエレベーターに乗り込む。私のお店は8階だ。 「あ、そーいえば店長……?」 「何?」 「今日、“旦那さん”くる日ですよね!」 「ああ、そうか」  “旦那さん”というのは、もちろん壱月の事ではない。  壱月とマッチングアプリで出会う前まで付き合っていた、同期の真田(さなだ) 壮馬(そうま)の事だ。  私が妊娠した時、お腹の子の父親は壮馬だという噂が流れた。  噂なんてすぐ消えるだろうと、彼も私も否定しないでいたら、いつの間にか“別れた恋人の事実婚”という根も葉もない噂が広がった。  それで、壮馬は私の“旦那さん”と呼ばれるようになってしまった。  壮馬自身は、いつも笑って「仕方ないよ、みんな噂好きだし」と流してくれている。  ちなみに壮馬は、現場に残って店長になった私とは対照的に、今は本社で顧客満足向上を目指す部署にいる。  今日はその調査での来店だ。  水瀬は「連れないなぁ」なんて言いながら、ちょうど着いた8階のフロアに降りる私をひょこひょこ追いかけてきた。
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