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「愛音、旦那さん怒んない?」
注文を終えた壱月は、不意に私にそう訊ねた。
「え?」
キョトンとして答えると、壱月の視線はちらっと花斗に注がれる。
花斗はオレンジジュースを啜りながら、窓の外に夢中だ。
「ガキいるから。結婚、してんだろ?」
「あー、えっと、して、ない」
それだけ伝えて、言葉に詰まった。
言うべきか、言わざるべきか。
『花斗はあなたの子です』と。
「へえ……そっか」
私が迷っているうちに、壱月はそれだけ言うと、テーブルの上のお冷やを手に取った。
「パイロットのお兄ちゃん、あのね」
急に花斗が壱月をじっと見つめる。
「僕はパパがいない。でもね、可哀想じゃないんだよ。ママがいっぱいギュウしてくれるんだよ。ママ、いつもそう言ってる」
「花斗……」
急な息子の言葉に、胸がいっぱいになって思わず涙がこぼれそうになる。
下唇をぐっと噛んで堪えると、ちょうどハンバーグが3つ運ばれてきた。
「わーい、ハンバーグ! ママ、切って!」
「はいはい」
「『はい』は一回でしょ」
「はい」
次の瞬間にはこんな風なんだから、子供は恐ろしい。
もっとも、花斗にとってはそれが当たり前の世界だから、急に何かが変わったわけでもないのだが。
ふと視線を前に向けると、壱月は苦笑いをしながらハンバーグを頬張っていた。
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