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「でも、いいんじゃない?」
「え?」
意外だった。壮馬がそんなことを言うなんて。
「彼、まだ花斗が自分の子供だって知らないでしょ? だったらさ、彼の家に住んで、子育ての大変さを味わわせたらいい。愛音はここまで一人で頑張ってきたんだからさ」
それは一理ある。ちょっと、ぎゃふんと言わせてみたい。
「それにさ、どうせこの先、子供の養育費とか請求することになるんだから、逃げも隠れもできない“同居”という形をとるのは、いい選択かもしれないよ?」
「え?」
「まさか、せっかく父親見つかったのに、背負わなくてよくなった子供のお金全部背負うつもりだったの?」
「…………」
「それは、そこまで考えてなかったって顔だ」
うう、ご名答。さすが壮馬だ。
「まあ、どうするか決めるのは愛音だけどね。彼も同居を勧めてくるなんて、なんか魂胆がありそうだけど」
「そうかなぁ?」
「だって愛音を妊娠させて逃げた男でしょ? きっとロクな奴じゃない……」
「でも、そうは思えなかったんだよなあ……」
私の言葉に、壮馬はふっと笑った。
「それ、もう心は決まってるんじゃないの?」
「え?」
思わず壮馬の顔をマジマジと見た。彼は「ははっ」と笑う。
「何かあったら、俺のこと頼っていいから。今は、自分の心を信じてみたら?」
自分の、心を、信じる……?
壮馬の言葉に、思わず自分の胸に手を当てた。
笑い話にしてしまった過去。綺麗事では終わらなかった再会。それに、ほんのちょっとだけの、淡い期待。
「うん、そうしてみようかな」
小声で呟くと、壮馬は眉をハの字に曲げて微笑んだ。
「善は急げ。ほら、彼の気が変わらないうちに引越の日取り決めちゃいなよ」
こうして、私と花斗の引越先が半ば強引に決まってしまったのだった。
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