9 好きっていう気持ち

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 終わったこと、と言うのは、私と付き合う前の、壮馬の恋の話。  彼女は、壮馬の上司。だが、それは誰にも言えない秘密の恋だった。  彼女は、既婚者だったのだ。 『妊娠したから、別れてほしい』  それが彼女の最後の言葉だったと、壮馬から聞いた。  彼女は今、長期育休中で、会社で顔を合わせてはいないらしい。  けれど、そのお子さんと花斗が同じ学年だということが、なんとも奇妙で変な気持ちになる。  壮馬と私が付き合いだしたのは、お互いが似ていることに気付いてしまったからだ。  恋に破れたはずなのに、酷いことをされたのに、なぜか相手を憎めない。  恋の傷を癒すのは新しい恋だと、誰かが言っていた。  だから、お互いの傷を舐め合うように、壮馬と付き合い始めたのだ。  付き合ったところで恋なんて始まらなかったのだから、私たちにはなんの意味もなかったのだが。 「花斗の父親のことは、言ったの?」 「ううん。でも気づいてると思う」 「言わないの?」 「今はまだ、言えない」 「どうして?」  壮馬は“意味がわからない”というように、私の顔をじっと見る。  耐えられなくて、私は視線を逸した。 「……彼を花斗の父親だって、認めたくないんだよね」
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