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「ママ……」
皿洗いが終わった頃、私の足元に、大窓にへばりついていたはずの花斗が寄ってきた。
「……ごめんなさい」
「え?」
「おもちゃ、投げちゃった。ママに、見せる前」
「……うん、知ってるよ。ごめんなさいがちゃんとできて、偉いね」
花斗は今にも溢れそうな涙を堪えて、私の目をじっと見る。
その視線に耐えられなくなって、私は花斗の頭をよしよしと撫でた。
いつの間に、こんなに気持ちを整理できるようになったのだろう。
すくすくと大きくなる、我が子の成長を感じる。
そしてそれは、私が母親になってからの期間でもある。
花斗はこんなに、心まで成長した。
私はどれだけ成長できただろう。
壱月のことを、許せる?
壱月のことを、受け入れられる?
そんなことを思うと、不意に涙が込み上げて、慌てて下唇を噛んだ。
「ママ……いたい?」
「え?」
花斗の方にもう一度向き直れば、その瞳は不安そうに揺れていた。
……いたい?
思わずしゃがみこんで花斗の顔を覗き込む。
その瞳は、もじもじしながらも懸命に私を捉える。
「“いたい”って、どういうこと?」
「えっと……えっと……」
花斗は両手を弄りながら、必死に答えを探している。
しばらくして、私の頭をぎゅっと押さえた花斗は、そのまま耳元に口を寄せた。
「泣いてる……」
「え?」
「ママのこころが、泣いてる。そんなお顔、してる」
花斗なりに、何かを感じ取ったらしい。
「こころが泣いてると、胸がいたいの。先生が言ってた」
花斗の言葉に、はっとした。
そうか。
壱月のことを考えると胸を襲うモヤモヤは全部、痛みだったんだ。
あの日、壱月に裏切られた痛み。
一人で花斗を抱えて生きてきた痛み。
父親のいない花斗に対する、どうしようもない負い目。
親としてのプライドと、許せない気持ち。
子育ては胸が痛いことの連続だ。
それでも必死にもがいて、生きてきた。
それを知らない壱月を、私はまだ認められない。
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