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「ごめん。愛音の覚悟、まだまだ甘くみてた。昨日、あんなこと言ったくせに。俺、何にも分かってなかった」
そう言う壱月の背中は、何だかとても頼りない。
声も、とても弱々しい。
きっと、彼は今、泣いている。
頭を下げたままの彼をじっと見つめた。
何と声をかけていいのかわからない。
「俺の知らないところで、たくさん苦労してきたんだな、愛音は」
「……うん」
それだけの返答だったのに、自分の声が思ったよりも震えていた。
きっと、私も今、泣いている。
だって……
「覚悟なんて無かったんだよ、最初は」
ふっと自嘲するように息を漏らせば、壱月が顔をあげる。
私は何となく恥ずかしくなって、慌てて窓の方を向いた。
鼻をすすって一呼吸置き、涙をこらえる。
「妊娠が分かったとき、本当は堕ろすつもりだった。父親もいない状態で、どうやって子育てするんだって。でも……」
初めて産院に行った日を思い出す。
問診票の「出産しますか?」の項目の、「望まない」の欄にチェックを入れたあの日。
検査室で、超音波の映像がモニターに映し出された。
そこで、私は見てしまったんだ。
必死に動く、小さな命を。
「自分の中から、自分じゃない心臓の音がした。それ聞いたら、意志がぶれちゃったんだよね……」
堕ろさなかった理由は、ただそれだけ。
そこに、覚悟なんて全くなかった。
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