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「一緒にいて、少しずつ心に余裕が出来てからだよ。覚悟とか、責任とか、考えたの。それまでは、やっぱり産まなきゃ良かったとか、お腹にいるときは、酷い話だけど死産になんないかな、とか、ちょっと思ったりした」
実家を追い出されての出産だったため、頼れる人は、姉しかいなかった。
産後は休めなんて言うけれど、休む暇なんて無かった。
ただがむしゃらに、毎日を生きた。
一人でも、この子を守らなきゃって、気を張って生きてきた。
「まあ、今も毎日必死で余裕なんかそんなに無いんだけどね……」
無理矢理笑顔を作ったけれど、それを壱月の方には向けられなかった。
多分、すごい顔をしている。
「愛音……」
ちらっと横目に壱月を見た。
彼も鼻をすすっていて、けれど真剣な眼差しがこちらに向けられているのが分かった。
すぐそらすつもりだった視線はそのまま絡めとられてしまって、私は目が離せなくなる。
すると、次の瞬間、身体が温かな温度に包み込まれた。
壱月の腕が、背中に回ったのだ。
「愛音……すごすぎ。俺なんかの、数百倍かっこいい」
壱月はそう言いながら、すすり泣いていた。
「ごめん……俺、本当、愛音のこと……」
言葉が段々聞こえなくなる。
その代わりに、壱月の鼻をすする音がする。
その涙が、私を優しく包んでくれる。
「壱月……」
私もそっと、彼の背中に手を回した。
壱月の気持ちが、嬉しかった。
壱月の肩は一瞬だけぴくりと動いたけれど、すぐにその力が抜けていく。
「愛音、本当すげえよ」
「そんなことない……」
「ううん……愛音はちゃんと、“お母さん”してるんだな」
「壱月……」
私も涙が溢れてくる。
けれど、その温もりが、心地よい。
私たちはしばらく、そのままぎゅっと抱き合っていた。
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