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どのくらいそうしていただろう。
私を抱き締めていた手が少し弱まった頃、私も彼の背に回していた腕を解いた。
ふと顔を上げれば、酷い顔をした壱月と目が合う。
「酷い顔」
「それ、私も思った」
お互いにふふっと笑うと、おでこがコツンとぶつかり合う。
その距離感にびっくりして、私は慌てて体を離した。
壱月も、ソファに座り直している。
「ごめん……」
「いや、こちらこそ……ごめん」
しばしぎこちない空気が流れる。
「あの……さ、」
その空気を破ったのは壱月だった。
「昨日のこと、忘れていいから」
「え……?」
「返事も、いらない。俺、考えが浅はかすぎた。好きって気持ちだけじゃ、何も大事にできない。もっとちゃんと、愛音と花斗に向き合いたい」
「壱月……」
私はそんな壱月をじっと見た。
その横顔は、優しくて、暖かくて、どこか寂しそうだ。
そういうふうに見えるのは、壱月が涙を流した理由を知ってしまったから。
彼の涙は、私を思う気持ちだ。
壱月は本当は、そんなに優しい。
とっくに知っていた。
だって私は、そんな壱月が、好きだったんだから。
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