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紺野が尋ねた。
「近藤、上腕骨から身長が分かるのか?」
「うん。計算式があるんだよ。大腿骨とか橈尺骨とかでも分かるよ。もちろん推定だけどね」
「とうしゃくこつって、どこだ? それ」
「腕の前腕部に骨が二本あるでしょ。それを合わせてそう呼ぶの」
自分の腕を触りながら、へぇ、とまたしても感心の声が漏れる。
「お前、ほんとに法医科なんだな」
「紺野さんは今さら何を言ってるの?」
散々僕に鑑定させておいて、いや何となく、何となくって何さ、とくだらない掛け合いをしている間に郡司が計測を終え、近藤が手早く計算式とやらで身長を弾き出した。
「百五十七センチ」
下平がうーんと逡巡した。
「その数値、推定だよな。だとしたら、百五十五センチから六十……六十五センチくらいか?」
「そうだね。そのくらい余裕があった方がいいと思う」
「よし、分かった。明日、班の奴らと調べて報告する」
「うん、お願い」
それから、多少不安はあったがもう面倒なので栄明に携帯を預け、近藤には自分で自己紹介してもらった。ちなみに、白狐のことを今知られるとさらに面倒になるので黙っておいた。紺野と下平は頭蓋骨の写真を十数枚写して動画を撮影し、熊田と郡司は白骨の足元から丁寧に、できる限り骨の位置をずらさないよう注意を払いながら徐々に埋めていった。
紺野たちがそうこうしている間、終始腰の低い栄明を近藤があれこれ質問攻めにし、水龍と朱雀に水塊と火玉を顕現させた挙句、止めに入った佐々木を横目に、
「今度血液と粘膜採取させて。一般人とどう違うのか調べたい!」
などと言って栄明をドン引きさせた。終いには、栄明の身の危険を察知した郡司が驚異的な勢いで穴から飛び出し、まだやることが残っておりますので! と割って入り強制終了となった。郡司は鬼気迫る顔で栄明にこう言った。
「絶対に、何があっても彼と直接お会いにならないでください。よろしいですね」
「う、うん……」
ほら見ろ危険人物認定された。栄明には申し訳ないが紺野は案の定な展開に白け、下平と熊田は「あいつは誰に対してもブレねぇなぁ」といっそ感心していた。のち、近藤がブレた人物が一人いるのだが、それはもう少し先の話だ。
気を取り直した栄明と巨大化させた諭吉を加えて完全に埋め直した頃には、全員汗だくになっていた。
スコップ代わりに使った土まみれの廃材を横に、雑草がなくなったその場所へ、全員で黙祷する。
さわりと吹き抜けた風が果実の香りをさらい、木々や雑草を微かにざわめかせ、しかしその音は決して不気味なものではなかった。真夏の心霊スポットには似つかわしくない、どこか清らかささえ感じられる、楚々とした風だった。
さわさわと木々が遠慮がちに葉を揺らす中、紺野は瞼を持ち上げて地面を見つめ、大木を仰ぎ見た。
被害者と幽霊の男はどこの誰なのか、被害者は何故殺されたのか、何故こんな寂しい場所に埋められたのか、二人はどんな関係なのか。そして、結局楠井満流の目的は何だったのか。
被害者の身元が分かれば、おそらく全てが判明する。今あれこれ考えても仕方がない。それに、まだ全てを調べ終わっていないのだ。
紺野は一つ息をついて頭を切り変えた。片付けましょうと告げようとした、その時。
「え……、うわっ!」
不意に一帯がうっすらと赤く染まったと思ったのも束の間、瞬く間に赤い光が近付いてきて濃さが増し、一気に飲み込まれた。とっさに腕を交差して顔を庇う。
瞼を透かすほどの強烈な赤い光。幽霊の男といい身元不明の白骨遺体といい、今度は何だ。若干苛立ちながらそんなことを思っている間に、赤い光は波が引くように地面へと消え失せた。
紺野はそろそろと腕を下げ、上目づかいに周囲を窺った。
「……お前、何してんだ」
熊田に呆然と尋ねられ、紺野は目をしばたいた。熊田だけではない。下平も佐々木も郡司も、きょとんとした顔でこちらを見ている。
もしや、あんなに強烈な光が見えなかったのか。
「紺野さん、大丈夫ですよ」
少し申し訳なさそうな顔で言った栄明は、どことなく自慢げに笑った。
「巨大結界が発動した光です」
「本当ですか!」
下平が即座に食いついた。ええ、と栄明が頷くと、言葉にならない歓喜の声が上がった。やっとかとは思うものの、何とか無事発動したらしい。明たちの安否が気になるが、とりあえず一安心だ。紺野は腕を下ろしながら、長く息を吐き出した。
「良かったなぁ、紺野。いきなり叫ぶから何ごとかと思ったぞ」
下平がけらけら笑いながら背中をバシバシ叩く。痛い。
「それは俺のセリフです」
「あっはっは! で、どんな光が見えたんだ?」
「真っ赤な光です。ものすごい勢いで迫ってきて、あっという間に飲み込まれました。さすがに驚きました」
どっと疲れが増した気がする。顔をしかめると、今日何度目かの「へぇ」が上がった。すっかり他人事だ。
「ここはちょうど五芒星の円の部分に当たるので、通り道になるんです。すみません、先に説明しておけばよかったですね」
「ああ、いえ……」
苦笑いの栄明に今さら恥ずかしくなってきて、ぽりぽりと後頭部を掻く。一人で驚いて叫ぶ様はさぞや奇妙な光景だっただろう。ふと、左右に尻尾を揺らし、にやついた顔でこちらを見上げる諭吉と目が合った。楽しそうにしやがって。尻尾踏んでやろうか。
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