第五十一章 発掘

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「で、楠井満流だった場合も同じパターンが……あ? いや、おかしいな」  途中で気付いた熊田に、紺野は頭を切り替えた。 「はい。満流の場合は、犯人が別にいることになります」  えーと、と思案顔を浮かべたのは、紺野と近藤以外の全員だ。 「ここに埋め直された時には、すでに白骨化していた可能性が高いです。その時点で、埋められてから五年以上経過している。そして龍之介がここで会ったのは三、四年前。例えば、満流がここに埋め直したのが三年前だと仮定すると、被害者が殺害されたのはそれより五年前の、八年前になります。楠井満流が現在十七歳だとしたら、九歳です。断言はできませんが、大人を殺害するには幼すぎるかと。ましてや八年以上前に殺害されていたのなら、なおさら」  下平が言った。 「確かに、いくら陰陽師で小さい頃から訓練を受けていたとしても、ちょっと考えにくいな。てことはだ。年齢から見て被害者は満流の母親、あるいは身内。で、犯人は他人の可能性が高い。楠井道元共々、被害者の死が事件を起こす引き金になったのかもしれん」 「それと幽霊の男ですが、もしかすると――」  意味深に言葉を切った紺野に、全員がはっとした。 「楠井道成……!」  声を絞り出したのは下平だ。紺野は神妙に頷いた。 「現在は火葬が主で、土葬ができる地域は限られています。ここに遺骨があるということは、事件自体発覚していないと思われます。母親が殺され、表沙汰にせずに犯人を探していた。そして最近になって発見し、殺害したのだとしたら、あの生首の説明がつきます」  六年間、逃亡した岡部を探し続けた明たちと同じだ。結末は、正反対だけれど。 「ただ、いくつか疑問が」 「何でわざわざここに埋め直したのか、あと楠井道成の遺体だろ」  熊田が代わりに口にした。 「はい。道成の遺体が墓にあるのなら、何故母親だけ移す必要があったのか分からないんです」  母親の遺骨を移したのが先だったのか、道成が死んだのが先だったのか分からないけれど、それでも母親と息子を同じ墓に入れてやりたいとは思わなかったのだろうか。 「もし意味があるのだとしたら、この場所、かしら……」  言いながら大木を見上げた佐々木につられて、全員が頭上を仰いだ。  亀岡の事件もそうだった。楠井家で監禁しておきながら、何故わざわざ保津川まで運んだのか。こんな寂しい場所に、どんな意味があるのか。  ふと、郡司が思い付いたように栄明を見やった。 「社長、お尋ねしてもよろしいでしょうか」 「うん?」 「蘇生術で、体ごと生き返らせることは可能なのでしょうか」 「あ……!」  そうかと言わんばかりに声を上げたのは、刑事組全員だ。満流は蘇生術を試していたのかもしれない、という憶測が出ている。もしそうだとしたら、人気のない場所へ遺骨を移し、丁寧に並べた理由になる。  期待顔を向けた紺野たちとは裏腹に、栄明はあっさり首を横に振った。 「無理だよ。その手の術は陰陽術じゃなくて、錬金術の範疇だ。対価という点では同じでも、陰陽術はあくまでも神の力を借りて術を行使するもので、無い物を作り出したり、物質を錬成して別の物質を作り出すわけじゃないから。ただ、もし被害者が楠井満流の母親だとしたら、そういう術を構築しようとしていたとしても、おかしくないかもしれない」  理路整然とした理屈に、紺野たちは肩を落として落胆した。専門家がはっきり無理だと言うのなら無理なのだろう。もしできるのであれば、満流の母親説が真実味を帯びたのに。  まあ、とりあえずだ。紺野は一つ息をついて気を取り直した。 「全ては憶測にすぎません。道成の生死も、被害者の身元も分からないので」  下平が渋面を浮かべて盛大に溜め息をついた。 「なんつーか、最近こんなのばっかりだな」 「ですね」 「可能性ならいくらでも出てくる」状態だ。紺野は苦笑し、熊田と佐々木が疲れた顔で嘆息した。 「まあ何にせよ、被害者の身元を調べた方がよさそうだな。近藤、頭蓋骨を持って帰るわけにはいかねぇけど、何とかならねぇか」 「うーん、そうだなぁ……」  久々に口を開いたと思ったら、ずずず、と何かをすする音がした。コーヒーか何か飲んでやがる。 「こういう場合は、普通複顔かスーパーインポーズ法を使うんだけど……」 「何だ、そのスーパーなんちゃらってのは」  下平が聞き返し、栄明と郡司も興味津々に耳を傾けた。 「頭蓋骨と、該当者と思われる顔写真を重ねて判別する方法。輪郭や顔の各部位の位置なんかを照らし合わせるんだよ」  そんな技術が、すごいですね、と郡司と栄明が感心した様子で呟く。 「実物がないのに複顔するなんて初めてだけど、まあ何とかしてみるよ」 「頼りにしてるぞ」 「さすが近藤だ」 「心強いわね」 「信じてるぞ」  下平、紺野、佐々木、熊田が次々と持ち上げる。 「はいはい、ありがとう。でも、皆にも協力してもらうよ。特に下平さん。今自由に動けるのって、下平さんの班だけだよね」 「おう、何でも言ってくれ」 「じゃあ、まずは頭蓋骨のデータ送って。全体の写真と動画。3Dにするから、写真はいろんな角度から、動画はゆっくり丁寧にお願い。骨の厚みとかも影響するから明かりにも気を使ってね」 「分かった」 「それと、該当者と思われる人物を絞り込んで。行方不明者リストから探すでしょ?」 「この状況だとそれしかないな」 「完全に身元不明だから、兵庫だけじゃなくて全国。直近のものからお願い。情報は多い方がいいから血液型が分かればいいんだけど、一部の骨だけっていってもねぇ……」 「それは抵抗があるな」 「だよね。となると、身長かな。上腕骨の長さを測ってくれる? 定規のアプリがあるから。対象物を撮影すれば自動で測ってくれるやつとか、色々ある」 「あ、では私が」  そう言ったのは郡司だ。最近はほんとに便利なもんだな、と感心した様子で紺野たちが話している間に郡司がアプリをダウンロードし、言われた通りに上腕骨を撮影する。下平と熊田が物珍しげに覗き込んだ。
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