第五十一章 発掘

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 巨大結界が発動して悪鬼は一掃され、まだ調べていない場所を調べやすくなったのはいいが、反面、犯人たちが戻ってくることも意味する。まさかこの武家屋敷が潜伏場所だったなんてことはないだろうが、もし鉢合わせなんかしたら面倒なことになる。さっさと引き上げた方がいいと意見がまとまり、紺野たちは急いで廃材を小屋に戻して広場をあとにした。  一掃されたとは言っても、あくまでも悪鬼であって浮遊霊ではない。来た時よりも少々怯えた感はあるが、相変わらずそこここに姿が見える。  来た道を引き返しながら、下平が溜め息交じりに言った。 「それにしても、結局満流に関して分かったのは、兄貴がいたらしいってことだけだったな」 「ええ。あと調べられるのは、学校ですけど……」 「ああ、そうか。住所から分かるな。三、四年前は中学生くらいだったんだよな」 「はい」 「うーん。もしあの白骨が満流と関係のある人物だったとしたら、どのみち裏付けは必要だしなぁ」  関係性が分かっても、ああなるに至った経緯までは分からない。当時の教員がいれば、何か覚えているかもしれない。とは思うものの、下平の迷った様子に、紺野たちも思わず思案顔になる。聞き込みに行くのはいいが、いくつか問題があるのだ。 「熊さんたちと、あと榎本も面が割れてますよね」  下平はもちろん、展望台の事件で、三人も雅臣と健人に顔を見られている。犯人たちがどこに潜んでいるか分からない以上、安易に動くと危険だ。 「ああ。となると、前田たちか。面が割れてないからこそ動きやすいだろうが……んー、行かせるとしたら、京都ナンバーはまずそうだなぁ」 「確かに、犯人に見られると一発でバレますね」  夏休み真っ只中、京都ナンバーの車で中学校を訪問するスーツ姿の男二人組など、犯人からすれば一目瞭然だ。 「どっかでレンタカーに乗り換えさせるか」 「それなら、社用車をお貸ししましょう」  栄明の背中に視線が集中する。 「いえ、しかし……」 「もちろん、ロゴは入っていません。実は明日、ついでに神戸支社に顔を出そうと思って、今日はこちらに泊まる予定なんです。支社へお越しいただければお貸ししますよ。それに、ナンバーですぐにレンタカーだとバレてしまいますし」 「ああ、そうか。確かに。では、まあ行くと言うとは思いますが、意見を聞いてご連絡します。行くことになった場合、部下には到着前に連絡を入れるように伝えておきますので。番号を教えても?」 「はい、構いません」 「それでしたら、私の番号を」 「ああ、そうだね。今村さん、話しが長いからなぁ」  支社長だろうか。苦笑いだ。 「服も、スーツじゃなくて私服にさせた方がよさそうだな。保護者の学校訪問に見えるだろ」 「そうですね」  行かせるなら前田と大滝だな、てことは今日中に連絡して服を、とぶつぶつ段取りを組む下平の声を聞いているうちに、門へと到着した。  門前を照らす外灯の明かりにほっとする。楠井家でも感じたが、目の前を走る道路や会社の建物や看板、遠くから微かに届く車の走行音が、現実に戻ったような感覚をもたらした。 「下平、約束を忘れてはおらんだろうな」 「覚えてるぞ。この時間ならコンビニしか開いてねぇけど、何がいいんだ?」 「ぷれみあむろーるけーきじゃ! はっ! いやいや待て、ぷれみあむどら焼きも捨てがたい!」 「神様もプレミアムには弱いんだなぁ。てかどっからその情報仕入れた?」 「プレミアムクレープもおすすめですよ。チョコがたくさん入って生地がもっちもち」 「嫁と娘がよくプレミアムショコラタルトっての食ってるぞ」 「最近のコンビニスイーツって美味しいですよねぇ。私はミルクレープが好きです」 「私も、時々ガトーショコラを買います」 「ほう、全て美味そうじゃな!」 「皆さん余計な情報を与えないでください。買うの俺ですよ。諭吉はよだれを垂らすな」  栄明さんもコンビニ行かれるんですね、便利ですからねぇ、とわいわいと盛り上がりながら門をくぐる下平たちを横目に、紺野は足を止めて振り向いた。まるで、あちらとこちらの境界線のような門は静かに佇み、ぽっかりと開いた大きな口は全てを飲み込んでしまいそうだ。  一家惨殺、集団自殺、赤ん坊が捨てられていた。元武家屋敷、元養豚場、心霊スポット。浮遊霊の巣窟になっているのは確かだ。しかし、嘘か真か分からない噂が流れ、様々な呼ばれ方をしてはいるが、結局のところ所有者以外その真実と歴史を知る者は誰一人いないのだ。  それでも、考えてしまう。  かつては、この門前を多くの人々が行き交い、華やかな笑い声や活気あふれる掛け声などで賑わったのだろう。家主や客人を迎え入れ、また送り出していた立派な門は、今やスリルを求める者たちがくぐるだけのものになってしまった。その内側に無数の浮遊霊を抱えて佇むもの言えぬ門は、今の状況をどんなふうに見ているのだろう。時代ごとに綺麗に整えられていく外側と、朽ちてゆく自身やその内側を、どんな思いで見守ってきたのだろう。 「紺野、行くぞ」  熊田に呼びかけられ、紺野は振り向いた。 「はい」 「誠一、くれーぷを作れ。生くりーむたっぷりで苺が乗ったやつじゃ」 「は? そんなもん作れるわけねぇだろ」 「好きなものを作ると言ったじゃろう!」 「スイーツは門外漢だ」 「使えん奴じゃのう」 「神だからって言っていいことと悪いことがあるぞ。って、こら蹴るな!」  ぎゃあぎゃあと騒がしく車に乗り込む紺野たちを、人であって人でない者たちが、門の内側からこっそり見つめていた。
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