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01.大海原に飛び込む気持ち?
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「あいつには、なんか頼みやすい」という印象を抱かれてしまうことは正直、社会人生活の中でそこそこの地獄を見ることになると言い切れる。
「まっっじで午前中最後の客外れだった〜〜」
「あー、あの愛想無いお爺さん?」
「そう。なんか"ネットバンキングじゃ何も分からない"とかずっと窓口でグチグチ言ってくんの、こっちだって何がそんな分からないのか分からんわ」
「最近もう、お年寄り専用窓口だよね」
「だるすぎない?あと新規の口座開設で通帳発行するのこれからお金かかるじゃん?それもめっちゃ"これだから近頃の銀行は…"って文句言われたわ」
「そんな文句言ってる前にネットを勉強しろ」
昼休みに入ってビルを抜けた途端、止まらないヘイトを吐き出すみんなの背中を後ろから見つめる日々はすっかり日課になった。
規定の3センチヒールの黒パンプスがリズミカルにそれぞれ音を立てる。集団に置いていかれないよう、若干小走りでついて行く私には、会話に華麗に参加する余裕は全く無い。
「ねえ今日もキッチン・クジで良いよね?」
「勿論。こういう時はイケメンを見るに限るわ」
「賛成〜〜!」
「小早川さんも良いでしょ?」
「、あ、はい…!」
ワンテンポずれて返事を返せば、特に否定される予想もしてなかった彼女達はまた足早に目的地へと向かう。小脇に抱えたお財布の中身を確認しながら、足がもつれそうになるのを耐えて必死に私も足を進めた。
その瞬間、首に巻いた規定の薄紫色のスカーフが突風に煽られて飛んでいきそうになるのを慌てて押さえると、目の前をピンクが舞う。
「……満開だ…」
視界の先でひらひらと踊る紙吹雪の正体が桜の花びらだと知って、空の水色とのコントラストに一瞬で目を奪われた。咲き誇って散りゆくその最後まで美しい姿に、"羨ましい"なんて不可思議な感情が湧く。
華々しさとは無縁の生き方をしてきた。そしてきっとこれからもそうだと、嫌でも自覚している。
「小早川さーん、どうしたの。置いていくよー」
「あ、ごめんなさい!」
少し立ち止まっただけで、また彼女達の距離が開いていたことに驚きながら、再びよろけそうな足をなんとか踏み出す。
──三つ星銀行 ○町支店。
それが私、小早川 音の勤め先の名前だ。入行して支店の窓口業務として配属されてから、この4月でなんと3年目を迎えてしまう。
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