01.大海原に飛び込む気持ち?

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「ご注文お決まりですか?日替わりはトマトとバジルのパスタです。魚は鰆のムニエルで肉はチキンステーキですね。今日の鰆は凄くおすすめですよ」 「え!じゃあそれにします!」 「私も〜」 「私も!」 「あ、えっと、私もそれで」 「了解です。ドリンクは皆さんいつも通りですか?」 彼の質問に、「はーい」と私以外の声が綺麗に揃った。 「直ぐご用意します」 最後まで爽やかな微笑みを崩さず、伝票を仕上げて一度店内へと入っていくシェフを私以外の3人が恍惚とした表情で見守っている。 すっかり常連の私達は、久慈家の人々とは顔見知りで、いつもランチを注文する時のセットドリンクの内容までちゃんと覚えられている。 「はあーー今日もまじでイケメン、ありがたい」 「ランチ買いに来てると言うか、もはや推しに課金してる感じある」 「うわ、分かるわ。雅君も会いたかったなあ」 「雅君が描いてるメニュー看板の画伯みたいな絵さえ可愛い。何あれウサギ?下手すぎじゃない?推せる」 「それな」 テラー用の同じ制服に身を包んだ彼女達の言葉にただ笑って頷いていると、その瞬間にまた風が通り抜けていく。 もうすぐ4月を迎える。でも、新しい始まりを喜んでいる快い春風にも、特に私の心が躍ることは無い。何かと異動も多い新年度は事務作業も増えるし、そもそも月次業務もあるし、仕事を考えると月初めは億劫になってむしろ憂鬱度が増す。春に胸をときめかせることなんて、もう遥か昔に置いてきてしまった。 ──「社会人」って、「働く」ってこんなものだろうか。 ふと、たまに自分に問いかけてしまう時がある。 仕事を受ける時も、それらが手から離れる時も「出来て当然」のテラーの仕事には別に誰の感謝を受けることも無い。 でも、代わり映えの無い日々こそ、きっと私には相応しい。身分相応な「今」を自分の心に強く押し付けるように言い聞かせた。
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