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「そうだ、聞いた?うちの移転のプロジェクトいよいよ動くって」
「半年後だっけ?ほんっとうに最悪なんだけど」
「誰が幸せになんのって感じだよね」
支店に戻る道すがらも前を歩く彼女達の愚痴は止まらない。
私達が今まさに昼休みから戻ろうとしている○町支店は、秋口を目処に場所を移転することが決まった。距離としてはそこまで変わらないけれど、敷地面積は今よりも狭くなるらしい。
現状として、銀行は世間の流れを汲んでネットを利用した取り扱いを促進している。それに伴って私達テラーが働く窓口を利用するお客様は、減少の一途を辿っていて、今回の移転もコストカット等を見越したものだと、噂が既に支店内でまわっていた。
「てか、単純に今より店が狭くなるわけでしょ?そんなの客からも行員からもクレームしか無いじゃん」
「だよねえ。でもなんかそのプロジェクト、テラーからも1人はメンバー選出されるらしいよ」
「待って、みんなから文句言われるの前提の仕事に関わるとか絶対に嫌なんだけど」
「あー…まあ、やっぱあれじゃない?私達の仕事を真面目にちゃんと伝えて移転先の店舗作りに携われるのは、小早川さんしか居なくない?」
「だよねえ」
彼女達は、後ろに居る私にちゃんと聞こえる大きさで話をしながらも、こちらの反応を伺ったりしない。あくまで「自分達の意見」として繰り広げられる会話に、苦い笑顔を必死にへばりつけていた。
きっと私はまた断れないんだろうなあ、なんて嫌になる程リアルな予感を胸に抱いていた。
◆
その数時間後、少しお客様の波が引いたタイミングで次長に呼び出された。こんなにタイムリーなことがあるのかと問い詰めたくなるくらいの間合いだった。
「移転のプロジェクトチーム、参加してもらえないかな」
「……どうして私なんですか…?」
「僕はテラーの意見を反映させた店舗づくりをするなら、小早川さんしか居ないと思ってる。ほら、窓口業務でも誰よりもお客様と接してくれてるしね」
──接するお客様が多いのは、他のテラー達の"ブラックリスト分"も請け負っているからです。
別に私が優秀だからとかじゃなくて。ただ黙々と必死に、目前にある仕事をこなした結果です。「そうしたい」じゃなくて「そうするしかない」と諦めている証拠なのだと知る度、自分の汚い部分が浮き彫りになる。
「…小早川さん?」
だけどその全てを、私は上司には何も伝えられない。だって、支店には逃げ場が無い。テラーが各窓口に並んでお客様に対応する間、バックヤードには営業部や後方事務の行員達が慌ただしく業務にあたって。ずっと同じ空間で関わる人々に後ろ指を指されるようなことをしたら、後がどうなるか考えるだけで怖い。
「…いえ。お引き受けします」
「良かった、ありがとう!!早速明日、移転を担当してくださるオフィス家具メーカーの担当の方がお見えになるから。ミーティングの参加よろしくね」
「承知しました」
ホッとしたように肩を撫で下ろす次長が「引き受けてくれなかったら苦労するところだった」と眉を下げる。他のテラー達がこのプロジェクトに消極的だと知っているからだろう。もしかしたら彼女達に、私を推薦されたのかもしれない。
想像通りの展開にもはや笑うしかないのに、明日の打ち合わせを考えると心は軋むように音を立てた。
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