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「そうですね。普段は町の店や貴族相手に、手紙や荷の運送をやっています」
「へぇ、そりゃ大変な仕事だ。俺も仕事は馬車の運転だし似たような仕事だからね。貴族相手は気難しくてやり辛いし困ったもんだよなぁ」
仕事について深く語らないと言っていたが、聞けばそれなりには教えてくれた。
その後も矢継ぎにリカードは仕事の話を掘り下げようとしたが、核心に触れようとすると、そんなようなものですと言って上手いこと濁してきた。
なるほど一筋縄ではいかない男だ。
そして俺は先ほどの勝手口の外で聞こえた会話が、どうしても気になっていて頭から離れなかった。
声は聞こえていたが、緊張とショックでセインと同じものなのかというのが判断できない。
それでもあの名前が出てきたのが偶然だとは思えなくて、俺はリカードの質問に淡々と答えるセインをじっと見ていた。
「貴方は?」
「え?」
「リカードさんの仕事は聞きましたが、貴方は何をされているんですか?」
突然矛先が俺に向けられて息を呑んだ。
予定ではリカードが仕事の話を聞きながら、出身地まで掘り下げていく手筈になっていた。
まさか俺に興味なんて持たないだろうと思っていた。とりあえず、考えていた設定を口にすることにした。
「カフェの店員です」
正確には元だが、何にする? とリカードに聞かれて思いついたのはコレだった。
まさか詳しい仕事内容を聞かれることはないだろうが、これなら質問されてもボロが出る心配はない。
リカードは似合いそうだなんて言って笑っていた。
「カフェ……」
セインはカフェと聞いて、初めてじっと俺のことを見てきた。
何か思い入れのある仕事なのかしらないが、興味があるのかな、なんて軽く考えていた。
「シリウスさん、………同じ仕事をしているご兄弟はいらっしゃいますか?」
「へ?」
「トム、という名前だったりしませんか?」
心臓がドキッと飛び跳ねた。
頭の中にバイト時代に来た客の顔を思い浮かべた。
近所の人くらいしか来なくて、セインのような目立つ男が来たら絶対に覚えていそうだったが、記憶になかった。
「いや、突然すみません。町のカフェでシリウスさんと似たような特徴でトムという名前の店員がいると聞いたことがありまして……」
まさか、トムの名前が知られているなんて思わなかった。あの店は有名店でもないのに、どういうことなのかサッパリ分からない。
こんなところで動揺してはいけない。気持ちを立て直して、偶然というやつだろうと無理矢理納得させた。
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