1

1/1
86人が本棚に入れています
本棚に追加
/4ページ

1

勇者一行から追放された身空であったが瀕死と呼べる騎士を助け、見返りに求職をした。 などと、師匠が知ったらきっと呆れた顔と声で「君は馬鹿かね」と言うだろうか。言うだろう。絶対言う。 「こんにちは」 「あら、治療師さん、こんにちは。今日は副団長さんと一緒じゃないのね」 「あはは……アレックスさんはお忙しいので」 昼過ぎ、街の雑貨屋の店主の女性に1人で訪れたことを珍しそうに指摘されるのも当然である。 自分が助け気を失ったその後介抱してくれた騎士・アレックスは、王国騎士団の副団長であり、彼が戦場に出れば勝利するなどとすら言われる程の名将だとか。 その名将たる副団長が、だ。 重体から救った無名の治療師を寵愛している、と言う噂は最早この王都中に知れ渡っており、現に彼は自由時間が僅かでも出来れば自分の元へ足を運んでくる。 「忙しくても治療師さんの傍に居るでしょ?」 「今日は特別忙しいみたいです。あの、MPポーション下さい」 「ああ、はいはい。今日も2つでいいのね。はい、これ」 「ありがとうございます」 カウンターに置かれたMPポーションのお代をポケットに手を入れ取り出そうとする自分、の横からスッと手が伸びてきて。 「これで足りるだろう」 「あら、噂をすれば」 「あ、アレックスさん……!」 顔を上げれば真横に立つ美丈夫が「用は済んだか?」と腕を掴んでそのまま引かれて店を出ることになり、奥から「またのご来店を」と店主の声が聞こえてきた。 「アレックスさん、お仕事は大丈夫なんですか?」 「イズルの護衛が第一だ。それに君の出勤時間だろう、迎えに行く時間ぐらいはあるとも」 寵愛を受けていると噂されるのも頷けるこの過保護具合、何を言っても「俺は君を守ると約束したはずだが?」と最終的にはそう言われてしまえば敵わないのはこちらで。 アレックスさんに斡旋して貰った就職先は何と王国騎士団所属治療師と言う仰々しいもので、自分が今着ている装飾の増えた衣類を撫でる。 他の所属治療師も着ている騎士団支給のものだ。これがまた今まで着ていたものより格段に防御面に優れており、低級の魔物からの攻撃ならある程度凌げる物。 そんな高給職じゃなくても、とアレックスさんに進言して所属治療師を辞退しようとしたのだが、「貴方が居なければ副団長が騎士団を辞めると聞かないのです!」と騎士団の面々に就職してくれと土下座されてしまって晴れて所属治療師と言う立場と職を得たのだった。 「今日は重傷者はいらっしゃいますか?」 「いや、訓練程度で重傷を負う者はそう居ない」 アレックスさんに問い掛け首を横に振られてしまった、ので本日の仕事は特に無いのかと騎士団本部へ向かう足取りが重くなる。 所属治療師だからと言って毎日負傷者が居る訳でもない、居ても訓練での軽傷程度の負傷で、自分は他の治療師の方に「重傷者専門治療師」と枠組みされた。 自分以外の治療師を見るのは初めてだったので詠唱の回復魔法を勉強しようとした、が詠唱での魔力補填の仕方がわからなくて質問すると「魔力の補填とは?」と不思議そうな顔をされてしまったのは記憶に新しい。 同じ治療師でもこうもやり方が違うのか、と覚えるのを諦めたのだ。そもそも僕のやり方は師匠直伝だ、古い魔法だと言っていたけど所属治療師の誰も知らないだなんて。 「せっかく仕事を斡旋して頂いたのに、やることもないし勉強も駄目……僕は駄目だなあ」 まだやったことと言えばアレックスさんの怪我を治したことと、アレックスさんの家の家事と、近所の子供たちと仲良くなったぐらいだ。 王都や騎士団の人達からは腫れ物のような扱いを受けるのはやはり、勇者一行から追放されたと言う無能のレッテルを貼られているからだろうか。 無能、確かに。古い魔法しか使えない上に回復ぐらいしか出来ないし、とため息を溢せばトンとアレックスさんの手が背中を軽く叩いてきた。 「イズルにはイズルにしか出来ないこと、イズルだけの価値がある。比較するものではない」 「回復しか出来ないのに?」 「それで胸を張れれば良いだろう。俺なんて戦うことしか能がないと言っているものだ、それは」 「でも、アレックスさんはその手で人を守っています。立派──」 「イズル。君もその手で人を、俺を助けたことを誇って欲しい。君にしか救えない命があった、悲観することはない」 「アレックスさん……ありがとうございます」 こんなに自分を肯定されたことが無かったので、アレックスさんが言葉をくれる度に胸が、いや心が温かくなる。 「礼を述べるのは俺だ。君のお陰で寝泊まりするだけに買った家が生き返った、それに君の作るご飯が美味しい。まさか怪我以外にも君に命を救われるとは」 「僕もアレックスさんがあんなに生活力でないなんて思いませんでした」 居住として一先ずとアレックスさんのお家に住まわせて貰っているが、ベッド以外ない埃だらけの家に驚いたものだ。 「イズルは家事も出来てすごい」と褒められ、回復以外のことを必要とされるようになるとは。今まで山奥にある故郷を出てずっと旅をしていたから知らなかった街での生活は、知らないことが毎日起きて楽しかったりする。
/4ページ

最初のコメントを投稿しよう!